第4話 大人な僕と暗闇な彼 前編

「よーアカツキ。アイカわらずしけたツラしてるな。チョーシはどうだい?」

「待たせてごめん。しかしあれだね。ヤミナカは相変わらずノリが軽いね」

「ははは、これがオンナにモてるオトコってやつなんだよ」

 アサギリ教授との話を終え、僕はアサギリ教授が言った三賢人の一人、ヤミナカを夕飯に誘った。ヤミナカは急な僕の誘いに「イエのチカくのファミレスがイい」と金欠しがちな大学生にとって嬉しい返答で心良くOKしてくれた。

 屋内に居ても濃いべっ甲色のサングラスをかけ、アロハシャツを着こなすちょい悪なキャラクターを演じてはいるが、意外と周りに気を遣うやつなのだ。まあ、ヤミナカがファミレスを選んだのはきっと交際過多で金が無かったり、好き嫌いの激しいヤミナカでも食べられるものがあったりというしょうもない理由も含むので、僕は気にしないようにしている。

「そのモてるオトコが、こんな時間にこんなところに居ていいわけ? その、なんというか、夜、的に?」

「んー、ベツに20ジなんてタイソウなジカンじゃねえよ? どっちかっていうとヒルマかシンヤのがダイジだ。オレのオンナはキホンテキになやつがオオいからな」

 ヤミナカの言うマジメというのは、基本的には学業や仕事に勤しんでいることを指す。ヤミナカ曰く、マジメという性格は害悪でヒトを殺すらしい。ただひたむきに愚直に何かに取り組む人間は、自分自身という存在を殺し続けていると。

「で、オレみたいなアイテにマエオキはイらねえよ。アカツキがオレをヨぶってことはあれだろ? どうせサンケンジンがどうとかイうやつだろ? まーたナヤんでるのかよ、スきだねえナヤむのが」

「……察しが良くて助かるよ。まあ、まずはメニューを頼んでからにしようよ。僕はネギトロ丼にするけど」

「オレはメンタイコスパゲッティで」

「了解」

 店員を呼び、僕は二人のメニューとドリンクバーを注文した。ヤミナカは僕に「メロンソーダ」とお願いしてきたので、僕がドリンクを取りに行く。戻ってくると、ヤミナカはおもむろに切り出した。

「しかし、サンケンジンってヨびカタはどうにかならないのかよ。オレがケンジンとかへそでチャをワかすレベルだぜ」

「まあ、確かにヤミナカは賢人ではないよね。どちらかというと――」

「グシャ、だろ」

「まあね」

「ヒテイしろよ」

「そんな生き方してるからだろ」

「そんなフウにイわれるスジアイはねえよ。ソンなイきカタはしてるけどな」

 損な生き方――ヤミナカの生き方は確かにそうであり、確実に愚者であるように見える。少なくとも僕からは。

 三賢人というのはアサギリ教授が言い出したことだ。

『いいかいアカツキ君。何か人生において迷うことがあったら、自分だけで決めてはならないよ。もちろん最後に決めるのは君で無ければならないが、まずは三人に悩みを相談しなさい。それも、自分とはまったく違う生き方、考え方をする三人に。そうすれば、必ず良い答えにたどりつける。三人寄らばなんとやら、とあるけどね。そのようなものだよ。物事を決めるにはまず複数の選択肢が必要なんだ。人は新しいことを考えるよりも、既存の選択を選ぶ方が得意だからね。だから、悩み事をするならばまずは三人用意することから始めなさい。そして、その三人がどんなに愚かしい人間でも敬い接しなさい。その人は、君には愚者に見えても、君が考え付かないような素晴らしい案を出すことがある。だから、大切にしなさい。敬う気持ちを忘れないために、三賢人とでも呼べばいいかもしれないね』

 以上がアサギリ教授の言い分だ。最初は何を言っているんだろう、とピンと来ていなかったが三回目ともなると納得できる。現に、僕はヤミナカの意見に救われている部分が少なからずあるのだ。

 一回目のキスの件は事後相談になるが、ヤミナカはこう答えた。

『アカツキ、それのナニがモンダイなんだ。おマエはそのコにキスのスバらしさをオシえられたんだ。それはホめられこそすれ、ケナされることじゃない。イロイロなオンナにアってきたが、キスにワルいインショウをモつオンナはケッしてスクなくない。そういうヤツのインショウをギャクテンさせるのがオレのヤクメだが、それはかなりムズカしいことなんだ。サイショのインショウってやつはそれだけダイジなんだよ。それなのに、クソみたいなオトコがそれをダイナしにしやがる。ウマいとかヘタでなく、アイテをダイジにしないクソみたいなキスをするオトコがオレはこのヨでイチバンキラいだ』

 二回目の愛の件はこうだ。

『オレにとってのアイは、アイテをダイジにし、アイテのユガみをアイテのリソウにアわせてタダすことだ。ただな、そうやってユガみをタダされたアイテはオレにカンシャはしても、オレをスきになることはゼッタイナいんだ。そりゃそうだ。オレはオレをキラえとオシえてるようなものなんだから。いつか、それでもオレをスきになってくれるアイテがミつかれば、オレのアイはそいつだけのモノになるんだけどな……』

 これらの意見を聞いて、僕は自分が悪いことだけをしたんだと思わなくなった。確かに、キスを嫌う人は意外に多い。僕の周りにも複数人居る。それがキスに悪いイメージを持っているからで、それは最初のキスが良い思い出じゃなかったからだ。と、いうのは素直に納得できた。

 少なくとも僕はツキヨとのファーストキスに悪いイメージは持たなかった。ツキヨも表情を見る限りそうだったのではないかと思う。それだけで結果オーライだったような気になるのもあれだが、絶対にしなければ良かったと頑なになるのもツキヨに失礼な気持ちになるのは事実だ。

 後、僕が言うのもあれだが、ツキヨは歪んでいる。他の生徒に指導していてもツキヨのレベルには遠く及ばない。知識もそうだし、人生に対する達観さもそうだ。早熟だけでは片づけられない何かがツキヨにはある。今のままではそれを正すべきか、それとも受け入れるよう取り計らうべきか判断がつかないが、もし今の歪みがツキヨの望むものでないならば、正してあげたいと思う。ただの家庭教師に出来る精一杯として。

「で、アカツキ、コンカイはどんなソウダンなんだ。あまりオレのココロにサさらないものであることをネガうぜ。このマエのアイにカンするシツモンはしばらくヒキヅってしまったからな」

「あれは確かにかわいそうだったね。まあ、ヤミナカなら近いうちに運命の相手に巡り合える気がするよ。なにせ、僕とは付き合った人数の母数が違うからね。機会を多く持つのは大事だと思う」

「それはチガうね。カイスウがフえればフえるほど、ヒトはシンライとキカイをウシナうんだよ」

 少し拗ねた様子でヤミナカは僕に先を促した。ここで本題を切り出さない理由は無い。僕はコーラをストローで吸った後、問題をヤミナカに尋ねることとした。

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