エピローグ

第27話

 後日、自らをタタリだと名乗っていた白い石は神光(かみつ)港へウツロと一緒に投げ込んだ。


 数日、カトゥルー級が現れる事もあったが、約二週間が経過するとハイドラマグナの侵攻はぴたりと収まった。どうしてなのかは誰にも解らない。けれど、俺とウツロだけはそれがタタリのおかげだと確信していた。


「模倣者……。そうか、ミコトが最後に言っていたのはそういうことだっていうのか。あんな短時間でそれに気付くなんてあいつ……クソ、俺は六年たってもあいつに勝てなかったのか」


 タタリが残した話を伝えると親父は、悔しそうに、けれど嬉しそうに言っていた。



 事件後、親父と俺、ウツロは私有地への無断侵入や器物損壊で拘束されたけれど、そのほとんどがハイドラマグナの行った破壊行動であった事。そして施設側の責任者である鰐沢の口ぞえもあって無罪放免となった。


「鰐沢には、でかい借りが出来た」


 親父は鰐沢と協力関係にあったにもかかわらずあまり良い関係だったというわけでもないらしい。けれど、鰐沢のことを話す時は親父は少しだけ楽しそうにも見えた。どういう仲なのかよく解らないので聞いてみると、


「鰐沢か? そうだな……初対面でぶん殴ってやろうなんて思ったのは俺の人生であいつが最初で最後だ」


 と楽しそうに語っていた。全く意味が解らない。どうやら鰐沢は死んでしまった澱木博士の事を好いていたらしく、当初は親父を恋敵だと勘違いしていたらしい。


 ここからは俺の想像だ。もし……もしも鰐沢がミニステルアリスの真実を知り、アリスが澱木博士の娘のクローンであると知ったのだとしたら。そしてその娘がハイドラマグナの苗床となり存在しているのだと知ったのだとしたら。……彼もまた、自らが愛した人の呪いを断ち切る為に戦っていた一人だったのかもしれない。親父と鰐沢との間には第三者にはよく解らない奇妙な友情に近しい何かがあったのではないかと思う。



 一連の事件を起こしたハイドラマグナとは一体なんだったのか。タタリの話をベースに親父がいくつかの仮説を立てた。ハイドラマグナは多能製幹細胞(ips細胞)ならぬ、多能製幹生物とでも言うべき特性を兼ね備えており、取り込んだ細胞を超高解像度で模倣し、遺伝子水平伝播(テレゴニー)を行う生物である可能性が高いようだ。


 遺伝子水平伝播(テレゴニー)をもう少し解りやすく説明すると世代を経ずに他者の遺伝子を取り込み、自分の世代で進化を行う事なのだという。


 そしてハイドラマグナの持つ群体生物ゆえのもう一つの特性。超個体と呼ばれる全体が個と同一の、集合意識を持った生命体である可能性。ハイドラマグナはどこかに格納されたクラウドデータのような集合意識にそれぞれの個体がアクセスすることが出来るのかもしれない。そしてそれはハイドラマグナの因子を受け継ぐアリス達も。


 だから、最後にタタリが言った怨念を治めるというのは恐らく集合体全ての意識を塗り替える事だったのではないだろうか。もしそうであるなら、それはきっとタタリが最後に言っていたコワリの最後の記憶によってだろう。


 もちろん真相は俺達には解らない。けれど、あの後ハイドラマグナの襲撃が世界中で激減している事から俺はそうなんだと確信している。


 ウツロの言ったとおり、タタリはすごいおねいちゃんだった。

 


 G2の研究については当然停止したと聞いた。

 G2のほとんどの個体が失われた事、唯一の原盤を失った事が大きかったらしい。

 だがバロットやスティグマのような非人道的な研究については未だに明るみには出ていない。時間はかかるかもしれないけれど、いずれその罪は白日の下に晒されるだろうと親父は言っていた。それまで自らの贖罪はずっと続くとも。きっとそれは自らが断罪される事も覚悟の上なのだろうと思う。


 俺の入院中は山田が何度かお見舞いに来てくれた。同時に、林もつれてきてくれた。コワリを死なせた原因は自分だと責め続けていた林だったが、林より俺やウツロの方がコワリと過ごした時間は長い。彼女がそんなことを思うはずが無い事は俺たちが一番解っていると、そう伝えた。


 勿論だからといってすぐにわかってくれるわけではないと思うけれど。いつか、一緒にお墓参りにでも行けたら良いと思う。コワリのことを覚えていてくれる数少ない友人の一人なのだから。



 そして――最後にウツロ。

 残りの寿命は数ヶ月あったはずだったが、激しい戦闘で負った傷は深く、残りの生命の大部分を失ってしまっていた。恐らくはもう数日の命だと親父には言われた。


 ウツロは出会った時は自分の生に執着しないと言っていたけれど、それでも残りの時間を、最後まで俺と生きたいと言ってくれた。俺も最期のその時まで一緒に居る事をウツロに誓った。


 それから二年の月日が流れ、俺は学校を卒業し大学に通うために実家を出ていた。

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