最終章 二重螺旋のアリス

第24話

 作戦決行当日。全ての準備は整った。

 今夜原盤を強奪し破壊、ミニステルアリスとハイドラマグナの呪われた運命の円環を断ち切る。


「流石に緊張してきた」


 言いながら親父はシーサイドパークで着ていた物と同じ革つなぎを着込み、作業服を上から羽織る。なんだか着ぶくれて着ぐるみのようだった。


「そのボディスーツみたいなのって前から準備してたのか」


「そうだ。……見た目については突っ込むな。名前も見た目も俺の趣味じゃ無い」


 と言う事は協力者である鰐沢の作った物なのだろうか。


「名前まであんのか!? いや、凄く似合ってるけど」


「ぶん殴るぞ」


 親父は苦笑いしつつ言った。

 とはいえ今までずっと鰐沢と一緒にハイドラマグナを狩っていたのだ、恐らく間違った用法の中二病のような見た目とは裏腹に機能性には一定以上の信頼があるのだろう。

 俺はというと親父の物だと身体のサイズに合う物が無いので気休めだが下に透湿メンブレンを使った素材のマウンテンパーカを着込む。ウツロはとくに刺胞毒に対しての準備が不用なので腹ごしらえと言って夕食後にもかかわらずチョコレートバーをがじがじとかじっていた。

 突然ピリリと甲高い音が鳴る。親父のスマホらしく、画面を見て一瞬怪訝な表情をした親父は電話に出た。


「俺だ。…………何だと!? ……解った。まぁ大体こういうのは想定通りに進まないのが常だ。あとは俺に任せろ。……ああ、解ってる。あいつだけいつまでも独りで居させる訳にもいかんだろうしな。ああ……死ぬなよ」


 通話を終えた親父が暗い顔で言葉を継ぐ。


「……予想より早くカトゥルーがラボに出現した。沖合に停滞していたデコイにまんまとやられたらしい。防衛設備は基本的にデカブツを想定して設計されている。最近まではそれが考えられる最大の敵でもあったからな。ゆえにカトゥルーのような小型で機動力を持った個体には無力に等しい。あいつらが出現するまではサイズは違えどのろまばかりだった訳だからな。予定より随分早いが俺達も今から向かおう」


「でも擬装用に奪取するトラックはまだ来ないだろ? 俺達だけで入れるのか?」


「セキュリティ自体はなんとかなる。事後を考えてなるべく使用するなとは言われているが仕方ない。後始末は厄介になるだろうが背に腹は代えられん、使わせてもらう。ただラボの監視カメラを沈黙させたのが仇となって中の状況がどうなっているかは入ってみないことには解らん。確認されたカトゥルーは今のところ一体だけのようだがそれすらも当てにならん。シーサイドパークのように大量に潜んでいる可能性も捨てきれない。最悪、俺たちが着く頃には職員の死体で埋め尽くされているかもしれんぞ。……それでも、行くか?」


 死体。シーサイドパークで見た光景が脳裏に焼き付いている。惨殺された一般人の哀れな姿は思い起こすだけで嘔吐感を引き起こす。けれど、それでも。


「大丈夫……とは言えないけど覚悟は、してる」


 親父はそうか、と小さく答えて、部屋を出た。


「ウツロ、俺達も行こう」


「じゃああともう一本だけ」


 チョコレートバーをポケットにねじ込むとウツロも俺の後に続いた。

 


 親父とウツロ、そして俺を載せた親父のボロセダンはラボへ続く封鎖路を疾走していた。何度か三角コーンをはじき飛ばし、きいきいと路面との摩擦音を響かせるセダンを親父はたくみにハンドルをさばきながら操る。いくつか封鎖された検問所があったがすでに無人になっていた。助手席には親父の荷物を乗せているので俺とウツロは後部座席に座っている。親父の荒々しい運転のせいか先ほどからウツロは酔っているようだった。


「出そう」

「やめろ、もうちょっとの我慢だから!」


 ウツロの忍耐力が尽きかけて窓ガラスを開き始めた瞬間、漸く親父の運転するジェットコースターが停止した。


「着いたぞ……っと、こいつは酷いな」


「親父の運転の話か……?」


「我慢できた……後ちょっとで吐いてた」


 軽口を言えたのはそこまでだった。外に目をやると既にラボの検問所は破壊されており、ぐちゃぐちゃにひしゃげた門柱が通路をふさいでいる。親父はサイドブレーキを引き、


「少し待て」


 と言って車から降り、周囲を見て回る。やがてドアをノックし出てこいとジェスチャーを送ってきた。


「防衛設備の隙間を縫って正面突破する羽目になったんだろう。幸い検問所のじいさんの死体は無い、無事に逃げたならいいが。ここから先、一瞬たりとも気を抜くな。手袋をつけろ。余計な物には触るな」


 親父は言ってからマスクを被った。敷地内に目を向けると見えるのはミニステルアリスのラボ。電気は付いておらず、真っ暗な闇の中、ソリッドな直方体と各所に走る電線のシルエットがぼんやりと見えた。向かって右奥に小さく火の手が上がっている。


「多分、あそこだろう」


 くぐもった声で親父は言う。俺達とハイドラマグナ、カトゥルーの狙いは恐らく同一。

 原盤たる澱木瑠璃。本能的にその二つを絶対に出会わせてはいけない気がする。必ずカトゥルーより先に原盤を見つけて破壊しなくてはならない。

 すでに死んでいるとはいえ人の形をとっているであろう原盤を破壊する覚悟ができているかというと曖昧な部分はあるが、覚悟しなくてはならない。


「行かないの? 先に行くよ」


 ウツロは緊張感の無い声で告げるとすたすたと早足で歩いて行く。俺達も後に付いていく。工場らしくきちんと整地された見晴らしの良い敷地内をかなりの距離を歩いたが人に会うことは無かった。いくつか立方体の建物が並んでいるが既に人は居ないらしい。これだけ巨大な施設にもかかわらず人に会わないというのはそれだけで不気味に感じる。


「騒がれるよりは良いけど、流石に静かすぎない?」


「確かにな。元々原盤搬出の為に一部の人間以外はいなかっただろうがここまで静かなのはパニックルームに入ったんだろう。血痕も無いしな。避難指示が早かった影響なら鰐沢には感謝せんとな」


 パニックルームとは一時的に避難するための部屋のことらしい。

 俺は会ったことも無いワニサワという人間をぼんやり想像した。ミニステルアリス計画を終わらせる為に親父と組んだというその男にも何かアリス計画を終わらせる為の理由があるのだろうか。


「わにさわ……あ、思い出した。あの時のふとっちょ」


 ウツロがぽつりとそう言うと親父は小さく笑う。


「そうだ。今はさらにハゲてる」


「あの時もちょっと危なかったしね」


 ウツロはさらりと言ったがなかなかに残酷な一言だった。ワニサワに対するイメージがどうにもつかみ取れない。

 ラボの建屋にたどり着くと親父はひび割れて動かなくなった入り口のガラス扉を蹴り割った。先ほど見た炎は位置的にこの奥の倉庫からだ。恐らくカトゥルーがいるとすれば、そこ。そしてカトゥルーが居ると言う事は原盤もある可能性が高い。消防が駆けつけるまでの時間も考慮すれば時間的な余裕は殆ど無い。


「切るなよ」


 蹴り破ったガラス扉の枠に残った破片を指さしながら中に侵入する親父の後を追う。

 親父の電灯を頼りに暗い通路を進んでいくとちろちろと炎が見え隠れしだした。煙は流入していないが一酸化炭素も警戒する必要があるし長居は出来ない。倉庫に繋がる最後の扉にたどり着くと親父は小さく開き、周囲に誰も居ないことを確認してから一気に蹴り開いた。

 即座にぬるい熱気が顔を舐めた。目の前に広がる巨大な空間。コンクリートと金属製ラックのみで構成された寂しげな印象の倉庫。その一角で燃えさかる炎が嫌でも目に付いた。そして、炎が照らし出していたのは純白のヒト型ハイドラマグナ、カトゥルー。


 いつか見た時と同じ、白くつるりとした身体からは目も口も何も無い頭部が生え、腕や胸などに鋭角の外骨格を纏っている。同一の個体という訳では無いがコワリを奪った存在を目にして俺の心臓は昏くはねる。

 だが同時に俺の手をウツロが強く握りしめ、こちらを見上げていた。落ち着けと言う事なのだろう。視線を合わせて小さく頷く。感情のままに動いてはいけない。この計画次第では大多数の人が死に至る可能性もある。絶対にミスは出来ない。とにかく冷静に、心を冷たく燃やしていく。


 最も心配していた煙と炎も排煙機構は作動していたらしく、倉庫上部が解放され煙は充満せずにうまく逃げていた。冷静になるとカトゥルーの眼前に二人の作業員が取り残されていることに気がついた。


「まずはあいつらを逃がす。やつが何の行動も起こしていないのが気になる。もしかすると囮かもしれん。俺がまず牽制する。ウツロはギンジの側で周囲に気を配っていろ」


「解った」


 親父は大回りしてカトゥルーの元へ進んでいく。右足を刺胞毒でやられているが傍目には何も無かったかのようにも見える。きっと親父の事だ、随分無理をしているのだろう。



「ちょっと熱いけど、大丈夫みたいだね。警戒しながらボク達も向かおう。離れないで」


「ああ」


 周囲を見渡しながら親父の元に急ぐ。親父はカトゥルーの横からグレイプニルを撃ち放ち牽制するつもりなのだろう。近づく親父に気がついたカトゥルーは何も無い頭部を親父の方向へぐにゃりと向けてビクビクと痙攣するかのように動きながら相対した。


「た、助けてくれ!」


 追い詰められていた中年の作業員達は言いながら震えている。どうやら一人が怪我をしてもう一人が逃げあぐねていたらしい。幸いカトゥルーは既に作業員から興味は失っているらしく、親父だけを注視しているように見えた。即座に親父はグレイプニルで牽制し、残された作業員達とカトゥルーの距離を広げる。


「出口までエスコートしてやりたいのは山々だが俺はこの色白なお嬢さんに用があってな。こいつはくれてやる、とっとと行け。そして落ち着いたらで良い、鰐沢にこの倉庫にハイドラマグナが居ることを伝えろ。まだ他の場所に違う個体が隠れているかもしれん。見かけたらまずは一目散に逃げる事だけを考えろ」


 言いながら懐中電灯を投げ渡した。


「わ、解った! で、でもアンタ一体……」


「残念ながら今は悠長におしゃべりしたい気分じゃ無くてな。とっとと行け」


 作業員達は一瞬躊躇したように見えたが、急いで出口に向かって移動しだした。怪我をした作業員も片足以外は動くらしく二人だけでなんとか逃げ出せそうに見えた。二人は俺達を見て驚いた顔をしていたが、それでも九死に一生を得た彼らにとってはそんなことは既に些末なことなのだろう。


 作業員の居た場所には小さなコンテナとフォークリフトが横転している。片開きの金属コンテナは運の悪いことに扉側を地面に向けている為このままでは内部にアクセス出来ない。その場所を動こうとしないカトゥルー。恐らくはこのコンテナの中に原盤が眠っている。親父はグレイプニルのスライドを引く。

 それを見て俺も安全装置を外してからスライドを引いた。重厚な金属のがちりとした感触が肝を冷やす。


 カトゥルーは親父の様子を何の反応もなく見ているように思えた。瞳の無い、つるりとした頭部なだけに感情は読めない。そもそもそういった器官が存在するのかも解らない事がとても不気味に感じられる。


 そしてこいつ一体だけしかこの場に居ない事も疑問だった。原盤が何らかの手段でハイドラマグナを誘引している可能性は恐らく間違いない。それゆえにカトゥルーが出現した事までは、まだわかる。


 だが、シーサイドパークでは大量に出現したカトゥルーはほとんどを討ち漏らしているのだ。他の個体がどこに居るのか見当も付かない。


 親父はカトゥルーにゆっくりとグレイプニルを向け、弾丸を撃ち放った。銃声が俺の頭の中のもやもやとしたものを打ち払う。疑問はいくつもあったがそれでも今は目の前の脅威に意識を集中させた。親父の撃った弾丸は相手に当たらず後ろのコンテナに弾痕を作る。当然コンテナは少し凹んだ程度で貫通はしていない。そして発生するはずの高周波も感じなかった。硬い物に弾丸が当たると内部の高周波発生装置が作動しないと言う事だろう。


 カトゥルーはこきりと首をならすと予備動作も無しに高く跳躍し、コンテナに飛び乗った。同時にびちゃりと水音が鳴る。親父に追いついた俺達も炎に照らされるカトゥルーを仰ぎ見た。表情は無いが、何らかの意志を感じる。間違いなく戦闘は避けられない。


「原盤さえ破壊できればそれで良かったんだが、そうはさせてくれんらしいな。まずはこいつを行動不能にする必要がある」


「じゃあ、まずはボクが近接で削る。しばらく射撃は控えて」


 同士討ちになっては元も子もない。カトゥルーと近接戦闘を行えるのはウツロだけになる。ウツロ本人もそれを理解した上で申し出た。


「頼む。俺とギンジはコンテナをどうにか出来ないか探る。可能なら引き離してくれ」


 こくりと頷いたウツロは大型コンバットナイフを両手に構える。二本目は、コワリの使っていたもの。ウツロなりの弔い合戦という奴なのかもしれない。


「お前が死んだら意味が無いんだからな。無茶するなよ」


「ノせるのが上手くなったね?」


 笑みを浮かべたウツロはカトゥルー級の元へと飛び込んでいった。

 ウツロは緩急を付けて相手の懐に飛び込み、ナイフを複数の軌道で薙ぐ。だがまるで動きを見切っていたかのように全てかわされた。


 ウツロはカトゥルーをシーサイドパークで何体も屠っている。たった一体であれば問題は無いはずだと思っていたがやりあうウツロを見やると予想外に攻めあぐねているようだった。今回のカトゥルーは顔面をむしる事も無く、静かにウツロの動きを観察しているようにも見える。そしてウツロの動きを読んでいるかのように的確に外骨格のエッジでカウンターを狙っている。まるで演舞のようにどちらの攻撃も当たらず、時間だけが過ぎる。


「なにかおかしい。これじゃまるで……」


 距離を取り、ウツロが額の汗をぬぐいながら呟く。鏡に映った自分を攻撃するかのように踊らされているウツロにはやや焦りの表情が見えた。


「こいつは、厳しいな」


 ウツロがカトゥルーを引きつけてくれているのを尻目に俺と親父はコンテナの内部にアクセスしようと状況の確認を行っていたが状況は芳しくない。


「リフトを使うしか無い」


 周囲を見渡すといくつかフォークリフトが停まっている。


「リフトなんて運転できたんだな」


「そんなもん勘だ、勘」


 イタズラっぽく笑った親父は最も近くに停車してあったリフトに乗り込み、暫くがちゃがちゃとレバーを操作していた。


「なんとかなりそうだ」


 親父はコンテナまでよろよろと近づいていく。



「不味い! 逃げて!」


 ウツロの声で振り向くとカトゥルーが猛烈な速度でリフトへと突進してくる。気付いた親父が降りる間もなく車体にカトゥルーの蹴りが突き刺さると、重量物を持ち上げるため何トンもあるはずの車体がまるでおもちゃのように横転した。


「親父っ!」


「…………っ! 大丈夫だ、たいしたことは無い」


 気丈にもそう答えたが、横転の衝撃で一瞬リフトのフレームに挟まれたらしい親父の左手は明らかに折れている。駆けつけたウツロが射線に俺達が入らないように回り込み、グレイプニルを撃ち放ち牽制する。


「無事?」


「まあな。だが、あいつの相手はやはりお前に任せることになりそうだ。すまん」


「今更だね、最初から期待してない」


 親父が無事なのを確認するとウツロは軽口を言いグレイプニルでカトゥルーをさらに牽制する。撃ち放った一発がカトゥルーの左腕にめり込むと数瞬後高周波と共に爆ぜ腕を吹き飛ばした。


 痛みがあるのか一瞬の隙が出来る。その隙を逃さずウツロは距離を詰めカトゥルーの右腕に向けてナイフを高速で薙ぐ。切断には至らないがぷしりと音を立てて血が飛び散った。


 俺はその隙にフォークリフトの陰から親父を引っ張り出した。腕だけでは無く脚にもダメージがあるらしく親父はもう一人では立ち上がるだけでも厳しそうだ。腕の骨折箇所の出血を抑えるためベルトで止血して寝かせる。


「結構ひどいぞ、これ。隠れててくれ」


「すまん、俺はもう良い。ウツロの援護をしてやれ」


 差し出された予備カートリッジを受け取り、俺はウツロの元に急ぐ。

 ウツロはカトゥルーとの接近戦を継続していた。片腕を失ったカトゥルーを追い詰めているように見えたが、俺には知覚できないほどのテクニックや細かいフェイクが交えられているであろうその動きも、全て紙一重でかわされていく。逆にカトゥルーから一瞬の隙をつかれたウツロは、背中に回し蹴りを叩き込まれた。


「がはっ!」


 コンクリートの壁に叩き付けられたウツロは血を吐きながらもばねのように飛び起きナイフを逆手に構える。対するカトゥルーは一瞬でコンテナの裏に身を隠す。


「ウツロ、無事か」


「なんとか。あいつ、以前の奴とは違う。臨界してるのかも。動きのパターンが全然違う。と、いうよりむしろ……ううん、今はいい」


 ウツロは口元の血をぬぐいながら言う。カトゥルーはデフォルトで他の臨界態と同等以上の能力を持っていた為勘違いしていたが、それは臨界により更なる能力の向上を残しているという事でもあった。そしてその状態が今、目の前にいる存在なのであれば油断は出来ない。攻めあぐねていると、コンテナ裏から大きな金属音が鳴り響いた。更にもう一度。更に。


「まさか、直接コンテナのどてっぱらに穴を開けるつもりか!」


 扉を開いて中にアクセスするしかないものだと思い込んでいた為、完全に油断していた。だが超重量のリフトを蹴り倒すでたらめな膂力があるのであれば金属板に穴を空けることも可能なのかもしれない。気付くのと同時にウツロと顔を見合わせて左右に分かれ回りこむが判断が遅かった。既にコンテナには大穴が開いており、カトゥルーの姿は無い。


 穴の中からぱりん、と何かが割れる音がした。だからといってカトゥルーが潜むコンテナの闇に踏み入るわけには行かない。ウツロと顔を見合わせ二人でコンテナの穴へグレイプニルを向け撃ち込んでいく。俺の手持ち最後のカートリッジを装填し、その照準をコンテナの大穴へと向けた。ウツロも同じように黒い穴を狙い澄まして停止している。


 やったか、と言おうとした瞬間、コンテナは轟音と共に内部から一気に膨張し、跳ねた。その大穴から黒い肉がはみ出る。もう一度轟音と共に膨張したコンテナは溶接面からちぎれて割けた。残された黒い巨大な肉がぎちぎちと震えている。


 コンテナの内部から噴出した黒い肉はぼこぼことあわ立ち、爛れた雲のように巨大化していく。やがて、コンテナの残骸を飲み込んだ異形の肉の塊に変質した。あっけにとられた俺を尻目にウツロは迷わず接近しナイフを入れる。


「何だこれ、手ごたえが無い。発泡スチロールみたいにすかすかだ」


 距離を取り一瞬の逡巡の後、グレイプニルをありったけ撃ち込んだ。

 黒い肉の繭は弾痕から爆発的に水蒸気を噴出し、破れた風船のようにしぼんでいく。ぺしゃんこになるかと思ったその時、丁度天辺に内部から何かが突き立てられた。


 鋭く黒い外骨格。

 続いて黒い腕がずるりと姿を表わす。

 

 その様子はまるで孵化を連想させた。

 噴出した水蒸気のもやの向こうに人型のシルエットが浮かぶ。

 二人して警戒する中徐々にもやが晴れて行く。

 

 そこに立つのは、漆黒の外骨格に覆われた四肢を持つ少女。

 一糸纏わぬ姿で白銀の髪をたなびかせるミニステルアリス。


「どういう、ことだ!?」

 

 ウツロが二人いるのかと錯覚する。黒い肉塊から出てきたウツロと同じ銀髪をしたミニステルアリスは大きく息を吸い、ごきごきと関節を鳴らし人間のように伸びをした。


「おはよう、ひさしぶりだね」


 ウツロの顔は丁度俺からは見えない。だが両の手から力が抜けていく様子が見て取れる。


「うそ……おねい……ちゃん……?」


 ウツロは呆けたように呟いた。

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