第23話


 親父の考えていた計画は計画とも呼べない程にシンプルだった。ラボへ回収に来る運搬業者を事前に襲い、拘束。そしてそ知らぬ顔で原盤を受け取る。ただのそれだけ。内部に協力者がいるからこそ出来る計画だった。けれど、それくらいシンプルな方がうまく行くのかもしれない。襲撃、なんて言っていたから漫画のようにドンパチでもするのかと思っていた自分を恥じた。


「繰り返すがハイドラマグナが襲撃してくる可能性は高い。気は抜くな。新型ハイドラマグナ、便宜上カトゥルー級と呼称するが、奴らは陸上での活動に特化し動きも素早く、常に臨界しているようなもんだ。既にあいつらと相対してるお前らなら解ると思うが群体生物だという認識は捨てろ。ほ乳類と同程度以上の運動能力を奴らは既に獲得している。更に奴らは胸と腕、脚に外骨格を持っている。銃で狙う時はそこは外せ。貫通力は低いからな」


 言いながら親父は俺とウツロに一丁ずつ護身用の高周波弾射出装置グレイプニルと予備のカートリッジを持たせてくれた。


「銃だというと遠距離武器だという認識があるだろうが、それは捨てろ。スタンガンのように近距離であてる武器だと思え。反動もあるし遠距離から簡単に当たるようなものではない」


「親父は当ててただろ」


「練習したに決まってるだろ。一朝一夕で身につくような技術じゃないから言っている。ウツロ、お前にはこれも渡しておく。試作型のガトリングパイルだ。大型マイクロウェーブ発生装置を六本同時に埋め込むとっておきだ」


 差し出された珈琲缶程度の大きさの金属製の筒をウツロが受け取る。


「小さいね。大型個体にも使える?」


「流石にダゴン相手だときついかもしれないがディープワン程度なら木っ端微塵にする程度の威力はある。だがその分反動は相応だから注意しろ」


「ふうん、一応もらっておく」



 親父が車のドライバーを、俺とウツロは作業員を装う。決行はあさっての夜。

 親父は準備があると部屋に篭っていった。

 ウツロと並んでベッドに寝転がるも中々寝付けなかった。


「起きてるか」


「うん」


「そっか、眠れなくてな」


「ボクもそうだよ。ねえギンジは刺胞毒に耐性が無いわけでしょ。あいつらと対峙するの、怖くないの」


「怖いに決まってる」


「ならボクと津田カズマでやるのに」


「親父はいいのかよ……」


 ぷっと吹き出して笑ってしまったが、言葉を継ぐ。


「……これは俺が、自分自身に納得する為なんだ。だから、俺も一緒にやらせてくれ。いやか?」


「ううん、そんなこと無いよ」


 隣を見るとウツロは、薄く笑っていた。


「おねいちゃんの、タタリの気持ち、こういう感じだったのかな。誰かの為に自分の命を捧げる。タタリは命を投げ出してボク達を救ってくれた。ボクもまだ存在しない妹たちが、その魂が、ちゃんとした人間として生まれてこられるように残りの命を使いたい。ボクやコワリみたいななりそこないの存在は、もう最後にしないと。それだけじゃない。ボクはきっと――」


 ウツロの言葉をわざと遮った。


「いつか言ったよな。生物の本能を超えて、自分より誰かを大事に思うことが出来るのが人間だって。俺はお前やコワリのことを人間じゃ無いなんて思ったこと無い。だからそんな事言うのは止めてくれ」


 ウツロがアリスである事は当然知っている。だからこそ言った。ハイドラマグナの因子を埋め込まれていようが、ウツロはウツロなんだから。


「ふうん? そういえば、これが成功したらギンジはボクと無人島で暮らすんだっけ」


 ウツロは冗談っぽく笑いながら言った。ハイドラマグナの因子がハイドラマグナをひきつけるのであれば、という事で口に出した話だ。


「ああ、嫌がっても無駄だからな、絶対に着いて行く」


「嫌がってなんていないよ」


 不意に柔らかいものを唇に感じる。目の前にはウツロの顔があった。キスされたのだと少したってから理解した。


「な、え?」


 動揺しすぎてよく解らない声が出た。


「嬉しい?」


「いや別に。ただ驚いた」


 何でもないように言ったがあまりの衝撃に心臓が暴れている。


「……ばか」


 言いながらむくれたウツロに今度は俺から唇を寄せた。

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