第15話

「……あいつが……」


 ウツロの震えが強くなる。


「あいつが、あいつが、あいつが! みんなを!」


 俺の腕は強く握りしめられて徐々に指先の感覚がなくなりつつある。


「落ち着け。すぐにG2が処分してくれるはずだ。ハイドラマグナはもうお前には関係ない物だろ」


 実際に目にすることは無いに等しいがハイドラマグナ出現の警報は神光(かみつ)市周辺であればそこまで珍しいものではない。大体地震くらいの頻度でたまにあるものなのだ。それに『ハイドラマグナは強力な毒を持っているが、基本的にはただそれだけの愚鈍な存在でG2が速やかに処分してくれる』、と繰り返しTVで放送されているし危機感は薄い。


 具体的なことはわからないが警報が鳴るとG2が出動し、何事も無かったかのように奴らを屠るのだ。見るのは初めてでも言ってみればこれは日常に近しいものである。何の問題も無いと思った。だがウツロの耳には俺の言葉は届いていないようで唸りながら歯をむき出して怒りを顕わにしている。恐らくは、ウツロの姉タタリとの因縁の相手を思い出させるのだろう。


「お前はもう見るな。違う道を通って帰ろう」


 普段とは違うウツロに驚いていた俺は別ルートから帰る事を提案し、手を引く。

 だが、直後爆発音が鳴り響く。白い巨人が頭部から伸びた巨大な触手を振り回し敷地内に積まれていたコンテナのような物を叩き割ったのだった。大型ハイドラマグナの頭部から生えている触手は尋常では無い速度で振り回されており、思わず目を見張った。

 ハイドラマグナとはただ巨大な図体と強力な毒を持つだけの存在だと繰り返し報道されていた。だが目の前の白い巨人はその認識を簡単にひっくり返していたのだ。同時にウツロは荷物を地面に落とスト、俺の手を振りほどいて駆けて行く。


「お、おい! 待てって!」


 荷物を拾い上げ、即座に追いかけるがウツロのスピードは尋常ではなく、ある程度体力に自信のある俺ですら見る間に引き離されていく。

 視線を動かすと白い巨人は工場のバリケードを力任せに破り、侵入していく。周囲にある物を手当たり次第に触手でなぎ倒し、破壊していく。まるでアニメの怪獣のようだった。恐怖に当てられてゆがんだ笑みが浮かぶと同時にけたたましく警戒警報が鳴り響いた。



『ただ今より『MW-07 Tyrfing(ティルフィング)』を使用します。身体に致命的な損傷を受ける可能性があります。周辺に居る方は可能な限り距離を取り、防護ジャケットを着用、もしくはパニックルームへ避難してください。残り、六十秒……』


 同じ内容の放送とサイレンが何度も繰り返される中、どこからともなく現れた黒い装甲車が大型ハイドラマグナから少し離れた位置に停車、後部ハッチがはじかれたように開く。そこから降りてきたのは普段からTVで見慣れたG2。

……そうであるはずだった。俺の目に飛び込んできたのはどう見ても小柄な、小学生くらいの黒い拘束衣を着た子供が三人と銀色の宇宙服の様な物を着込んだ大人が一人。宇宙服の大人は装甲車からてきぱきとカバンの様な物、大き目のパラソルのような棒をワゴンに載せて何かの準備をしている。直後子供の一人が目隠しを取り払われる。

 生気のない目をしてぼんやりとしているように見えた子供は傍に居た宇宙服をまっすぐ見据える。宇宙服は白い巨人を指差し何か喋っているようだった。子供は力なく人形のようにこくりと頷き、更に宇宙服から渡された小型のカバンの様な物を持ち、あろうことか触手を振り回す白い巨人にくるりと正面を向けると迷わず駆けて行った。


「な、何を!」


 思わず叫んだ。子供に目掛けて白い巨人の触手が振るわれる。かわした。

 けれど、子供はその場に倒れこむ。赤いものが散ると同時に冗談のようにくるくると片腕が宙を舞った。見間違いかと思ったが見間違えようのないグロテスクな光景は変わらず思わず目を背ける。その様子が確実に視界に入っていると思われる宇宙服だが、特に何の動揺も見せず、白い巨人へ携帯用の大砲(RPG)のような筒を向け、撃ち放った。


 見かけに反してポンという軽い音と共に何かを射出しただけだった。倒れた子供は刺胞毒が効いていないのかそのまま震えながら立ち上がる。追撃の触手をかわし、再度白い巨人へ。間合いに入ると、白い巨人は触手ではなく柱のように巨大な両の腕を引き絞っていく。そのまま、豪腕は解き放たれ、地面を穿つ。隻腕の子供は巨腕の一撃をなんとかかわしていようだった。


 先ほど宇宙服によって射出されたものか、きらきらしたものが舞い落ちている。まるで桜吹雪のような、演劇の舞台のような場違いな場所で、片腕を失った子供は白い巨人に向けて飛び込んだ。

 同時に残った腕に掴まれているカバン状のものが跳ねるように開き、何らかのとげとげしい、むき出しの機械のようなものが中から出てきた。

 直後、子供を中心として一定範囲の中、閃光と共に火花が散り、ぶちりと鈍い音と共に赤い球体が白い巨人の身体を食い破った。白い巨人は胴体を大きく損傷しバランスを崩し倒れこむ。


「……え……?」


 理解していた。だが理性が跳ね除ける。今起こった事。俺の脳は目にした現実を認められず、消えた子供を捜し続ける。


――赤い霧となって消えてしまった子供を。


 こみ上げる嘔吐感、そして喉が焼け付くような痛み。耐える、だがすぐに破られ決壊し、俺は胃液を地面にぶちまけた。



――ハイドラマグナは殲滅兵器G2が速やかに処分します――


 それは、こういうことなのか? こういうことだったのか?

 親父が作り上げたもの。こんなものは、ただの人間爆弾でしかない。

 吐き出すものが無くなった俺の胃は、それでも何かを吐き出そうと蠕動していた。



 喉が胃液で焼かれるが今はこうしている場合ではない。ウツロを連れ戻さないといけない。サイレンがけたたましく鳴り響く中、ウツロを追いかけて走っていく。目をやるともう一度赤い霧が倒れこんだ白い巨人を食い破るのが見えた。誰に向けたものか自分でも理解していなかったが黒い怒りを吐き出す。


「なんだよこりゃあ! 人間のやる事かよ!」


 駄目だ、今は考えてはいけない。とにかくウツロをつれて速やかにここを離れなくては。

 次の瞬間倒れこんだ白い巨人から再度触手が伸び、振り下ろされた。装甲車を両断し、破片が近くにいた宇宙服の人間に損傷を負わせたらしく、そいつと最後に残っていた子供が崩れ落ちた。ややあって流れ続けていた放送が一度ぶつりと切れる。そして放送内容は新しいものに更新された。


『緊急警報レベルⅣ。広域射出型MW-09 Tyrfing2ティルフィング2を使用します。身体に致命的な損傷を与える可能性があります。付近の作業員は速やかに防護ジャケット着用の上、パニックルームへ避難してください。繰り返します、広域射出……』


 何の事を言っているか解らないが気がつくとあたりに居た人間のことごとくは見えなくなっている。恐らく何かやばい事が起こっている事は解ったがだからこそウツロを置いては行けない。全速力で駆ける。


 漸く装甲車まで到着したウツロが見えた。ウツロは倒れた宇宙服を一瞥し、倒れこんだ白い巨人へと足を向けた。だが、ぴたりと止まり地面を見ている。どうやら地面に倒れていたらしい子供を抱えるとこっちに目をやる。表情までは見えないがウツロは一瞬の逡巡の後、なにやら転がっていたものを一緒に拾い上げてこっちに駆けて来た。

 子供を抱えているにしてはありえないスピードだ。


『繰り返します、広域射出型MW-09  Tyrfing2ティルフィング2、使用まで残り90秒……89秒……』


 カウントが削られていく。それが50を読み上げた頃、漸くウツロと合流できた。


「これを持って。それ以外はこの子とボクにも触れないで」


 息を切らして何もいえない俺にウツロはいいながら巨大な棒みたいなものを俺に寄越す。銀色のビーチパラソルのように見えたそれはそんなに重くない。ウツロはつれてきた少女を抱えたまま走り出す。


「来て」


 呼吸が乱れ喋れない俺はウツロに先導されプラントからはなれるように駆けていく。


『20秒……19秒……』


 カウントも残りが少ない。何が起こるかは解らないがさっっきの光景を見ればろくでもないことであることに疑いは無い。


「もうここでいい。その傘に身を隠して。絶対にはみ出しちゃ駄目」


 真剣な顔をして言うと少女をそっと地面に横たえた。少女は頭部から血を流している。


「何が何だか解らんが、解った」


 焼けついた喉でそれだけ吐き出して身をかがめ、銀色の傘を開いてその陰に隠れた。お前も傘の中に入らないのかと声をかけようとして見上げるとウツロは、いきなり服を脱ぎ出した。


「ちょ、お前ッ! 何やってんの!?」


「いいから」


 下着姿になったウツロは一緒に持ち出していたらしい銀色のシートを広げ、それごと俺と、隣に寝かされた子供に覆いかぶさり、


「じっとしてて」


 とだけいって動かなくなる。遠くの放送がカウントを続けている。


『……1秒……0秒。MW-09  Tyrfing2(ティルフィングツー)、射出開――』


 ジジッ! という音と共に放送が乱れた。銀色のシートにくるまれた俺とウツロと、謎の子供。無限にも感じる時間の中、ウツロの呼吸と鼓動だけを背中に感じていた。


『――てぃる――ング2、射出終了。指示があるまで動かないで下さい。繰り返します……』


 ノイズから回復した緊急放送は同じ内容を繰り返している。


「よし」


 ウツロは俺の上からどくと、


「もういいよ」


 と言っててきぱきと服を着だす。わけが解らない。地面に転がされた黒い拘束服を着て目隠しをされた子供を見下ろす。すると服を着終えたウツロが今度はその子の服を脱がし始めた。


「おま、さっきから……!」


「ギンジ、ボクが着替えたジャンプスーツ出して。この子の服にも刺胞毒が付着しているかもしれない」


 女の子の肌を見て動揺していた自分を恥じると共に正常な思考が漸く戻ってくる。


「わかった」


 すぐさまさっきまでウツロの着ていたジャンプスーツを広げ、その子を包む様に着せた。

 ウツロはその間に脱がした拘束服を乱雑にショッパーにに突っ込む。


「急いで。ここを離れる」


 それは、初めて見るウツロの表情だった。

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