第12話

「と言うわけでよろしくね」


「いやいやいや、意味が解らないんだが」


 飯を食って風呂から部屋に戻ると俺の部屋で黒いジャンプスーツ姿のウツロが寛いでいた。


「他に部屋あるから、布団用意する。うち、二人暮らしだし、空き部屋もあるんだ」


「いらない。ボク、君に興味があるからここで良い」


「いやそういう話はしてないし、寝る場所くらいは別にしよう」


 相手が不思議女子とはいえ世間体というものがある。たとえそれが露見しないのだとしても。


「嫌。どうして」


「そりゃー、ほら、あれだろ? 一応若い男と女がその、一緒に居るのは健全じゃないというか、ほら、おしべとめしべだろ? ごにょごにょだろ?」


 何を言わせるのかこいつは。ややあって成る程、という顔をされる。


「ああ、君もしかしてボクと交尾したいの? したいならしてもいいけどボク生殖能力無いから意味無いよ」


「こ、交尾……!? い、いや俺はそこまで猿じゃねえし!」


 た、多分……。


「Monkey(マンキー)」


「言い換えても違いますぅ! って無駄に発音いいな、お前……! とにかくそーゆーのは誰とでもするもんじゃないし、何もしないっての。でもほら、色々……アレだろ?」


「アレってなに」


「ぐっ……!」


 とにかく説得したかったが混乱して言葉が出てこないので指示代名詞を並べて誤魔化そうとした。……が、ウツロにはこれが効かない。

 こいつ、アホそうに見えて山田より賢い……!?

 どうにもウツロは見た目に反して超頑固な性格をしているらしい。


「あー……まあいいか。お前を説得するのめんどくさそうだし」


「そんなことない、ちゃんと説明してくれたら説得されてあげてもいい」


 非常に面倒くさい。


「……解った、解ったよ。降参、俺の負けだ。好きにしたらいい」


「うん、だからそうしてるけど」


……深呼吸する。大丈夫、女の子相手にムキになったりしたらかっこ悪いからな、我慢我慢……!


「はぁ」


 部屋に、しかもベッドに女の子が寝転がっている。どうしても落ち着かない。普段なら漫画でも読むところだが場所がないので仕方なく勉強机に座る。どうせやることがないのだし、とこいつの事は放っておいて宿題でもしようとテキストを引っ張り出した。


「…………」


「…………」


 気配を感じて振り向くとすぐそばにウツロの顔があった。ホラー展開その2。

「……だーっ! 近いって!」


「何してるの」


「これか? 宿題だよ。お前こそ何してるんだよ」


「ボク? 観察? かな?」


 くるくると銀髪を指に巻きつけながら言う。駄目だこれ、集中できそうに無い。宿題はウツロが居ない時にやる事にしよう。開いたばかりのテキストを閉じ、ため息をつく。


「観察って……まぁいい」


「うん」


 うんじゃねえ。


「そういやお前――ウツロは今回知りたいことがあって親父に会いに来たんだろ?」


「そう、知らないまま死にたく無い」


 ウツロにとっての姉、タタリがどうして自らを犠牲にして自分を救ったのか、だったか。そんなの内容をよく知らない俺ですらすぐに予想が付く。考えるまでもないと思うんだがどうやらウツロは本当に解っていないようにみえる。少し変な空気になってしまったので何か話題が無いかと考える。


「ちなみにさ、俺がこんな事聞いていいのか解らないけど、前回、ええと六年前? 逃げ出してからはどこで寝泊りしてたんだ?」


「山」


「川!」


 反射的に返した。


「どういう意味?」


「いや合言葉かと思って」


 勿論忍者的な意味だ。


「意味が解らない。君って実は変な子?」


 お前が言うな、と思ったが我慢する。


「うん、今のは俺が悪かったな。まあそれはいいとして、山ってどういう事? 山暮らししてたのか?」


「うんそう。津田カズマが用意してくれた山小屋(ロッジ)に住んでた。余り外出するなって言われてたけど通信販売とか届くし生活自体は別に困りはしなかった。お金もいっぱいあるし」


 まぁ確かに銀髪は目立つし、山暮らしも仕方ないのかもしれない。そしてもしかして俺の小遣いが高校生にもなって二千円なのはこいつが原因なのではなかろうか。


「そっか。なぁ、これも答えづらいならいいんだけど、ウツロのお姉さん、ええとタタリ? ってどんな人だったんだ?」


 ウツロは今はケロっとした顔をしているがあと九ヶ月で寿命を迎えるという。ウツロが自らの死のタイムリミット、その前に知りたがったタタリとは一体どんな人だったのかは個人的に少し興味が湧いた。


「タタリ、ボクのおねいちゃんはね、凄かった。強くて、怖かった。誰よりもボクたちアリスの事を考えてくれて、姉妹が死んじゃった後はずっと苦しそうな顔してた。アリスが九年しか生きられないって言われた時も、ボク達は動揺して混乱して、とても正気じゃいられなかった。正直衝動的に澱木博士と津田カズマを殺していた可能性も否定出来ない。けど、そんな時でも冷静に、ボク達アリスがどうすれば一番幸せになれるのか考えてたんだ」


 さらっと恐ろしい話を差し込んでくるがそのまま流しておく。タタリの話になるとウツロはぺらぺらと、自分の事のように嬉しそうに話し出した。


「おねいちゃんはボクの、ううんボク達みんなの憧れだったんだ。でもね、さっきも言ったとおり最後だけ、それだけがボクには解らない。ボクとおねいちゃん以外は皆殺されて、澱木博士も死んだ。そこに津田カズマが来た。ハイドラマグナがそこに迫ってきたけど、津田カズマなんて放っておいてボクとおねいちゃんだけ逃げれば良かったんだ。ボクたちにはもう戦う理由なんてなかったんだし。でも、そうしなかった。ボクを気絶させて、おねいちゃんは一人でハイドラマグナに特攻したんだ。ボクが目を覚ますと、もうおねいちゃんは居なかった。死体すら無かったんだ。どうしておねいちゃんはそんな事をしたのか、それだけがいくら考えても解らない」


 そこまで一気に喋ると、しゅんと静かになった。


「好きだったからだろ」


「え?」


 ウツロが顔をこちらに向ける。相変わらず近い。良い匂いがするけど、謎のプライドでやや顔をそむけながら答える。


「俺はタタリのこと、知らないけど。でも気持ちは何となく解る気がするよ。ウツロがタタリを好きでいたように、タタリもウツロが好きだった。だから、お前を守りたかった。もっと生きてほしかった。ただ、それだけのシンプルな話じゃないのか」


「でも生物は自分が一番大事。生物の目的は繁殖して自らのDNAを後世に残す事。それにボクが生きるだけならおねいちゃんと逃げれば良かった。おねいちゃんが死ぬ必要は無かった」


「確かにお前の言うように生物は自分が一番大事だ。けどな、人間ってのはその優先順位が覆る事もあるんだよ。タタリにとって、その時ウツロは自分自身の命よりも大事だった。大好きだったって、それだけの事じゃないのかな。これは俺の想像でしか無いけどタタリはその時ウツロを連れて逃げても先がない事を理解してたんじゃないのか。だから、自分の命をかけてハイドラマグナと戦って、親父にお前を託したんだろ。お前が、ウツロが幸せになる事を願って」


 昼間の例外を除けば幸いな事に今まで命をかけてそういった判断を迫られるような場面は、俺の人生には無い。けれど、世の中では親を庇った子供が、妻を庇った夫が死んで行くような事故は少なくない。更には見知らぬ人を救って命を散らした異国の留学生すら存在するのだ。冷静に考えれば確かにそれは生物としては間違っているのかもしれない。けれど、それは人間にしか出来ないとても尊い事だと俺は思う。


「……そういえば澱木博士も……そうかな。そういうこともあるのかな。だったら、君も山田が大好きなのか?」


「しばくぞ」


 真顔で即答した。


「なんで、意味が解らない。砂浜でかばったでしょ?」


 何言ってるんだ? という顔をされるけど面倒なので説明は省略した。ウツロは一人でうんうん言いながら今の会話内容を咀嚼しているらしい。ややあって、


「でも、理屈は、そうなのかもしれない。生物にとって一番大切な自分の命より好きだから、優先する、か。実際にタタリは自分よりボクを優先してくれたんだから」


 ウツロは何かを考えるように俯いた。


「……うん、でも解ったのは理屈だけ。完全に納得はして無い。だからまだここに居る。……別に、ご飯が美味しかったから言ってるんじゃないからね? ねえ、明日のご飯なに?」


「欲望駄々漏れじゃねーか!」


「違うって言ってるのに、やっぱり君は変な子だね?」


 その後しばらくたわいも無い話をした後、ベッドの真ん中に枕を並べて国境を作りウツロは俺と同じベッドで眠った。

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