第6話

「あんたたち人間を殺してやりたい。けれど、タタリの言うとおりかもしれない。私達が何かすれば、培養されている私達の姉妹は殺される。当然私達も不良品扱いで処分でしょう。結局私たちに残された道は人間様の道具として、ハイドラマグナを殺す、ただそれだけしかないんだ」


 ブリーフィングの後、目元を赤くしたヒソカに言われた。

 何も反論が出来なかった。間違っていないからだ。

 魂とは何か。以前ミコトと話し合った事が有る。もしかして、彼女たちの魂は普通の人間となんら変わらないのかもしれない。入れ物が二パーセント違う、ただそれだけ。

 津田がミニステルアリスを開発しさえしなければ彼女たちは今暖かい家庭で、柔らかなベッドで幸せな夢を見て眠っていたのかもしれない。

 嘔吐感がこみ上げる。結局津田は、自分の息子を救うために数多のアリスを供物に捧げた外道に他ならないのだと何度も再認識した。


「ハイドラマグナ、接岸します」


 事情を知らない監視員から連絡が入る。


「……ハイドラマグナが出現した。ダゴン級一体。ディープワン級四体だ。殲滅を、頼む」


 無言。ややあってタタリが立ち上がり、外へ向かう。ウツロが慌てて後を追う。


「……クソッタレな気分だ」


 アマツが呟きゲヴァルトアイゼンを津田に向けスライドを引いた。全員が息を呑む。


「……へへ。私がトチ狂った馬鹿じゃなかった事を感謝するんだな。あと私達のリーダーをタタリにした事を」


 ぐるぐると回転させた鉄塊をホルスターに仕舞うと、さっさと出て行った。泣きじゃくるホノカの手を引いてヒソカが続く。彼女の目は憎しみに満ち、津田の目を射抜いた。全員が外に出ていく様を津田とミコトはぼんやりと腑抜けのように眺めていた。

 

 装甲車を出て憔悴しきったホノカとウツロの肩をタタリががっしりと掴む。


「元気だして? 笑ってる貴女たちが一番可愛い」


 ウツロは涙目でタタリへと顔を向ける。


「どうして、タタリは平気なの?」


「平気なんかじゃない。……見て。私の手、震えてるでしょ? 私一人なら、きっと自暴自棄になってた。司令官たちだって殺してたかもしれない。けれど、貴女たちがいるから、私は強くあろうと思う。……傍に居てくれて、有難うね」


 タタリは二人をそっと抱いた後、おでこにキスをして立ち上がる。


「……鬱憤を晴らすのに丁度良い相手もいる。さあ、暴れようか」


 アリス達は頷き、涙を拭いた。



 テトラポットの並ぶ護岸にハイドラマグナがゆっくりと上陸しつつあった。先に小さなディープワン級が四体。前回のように沖に突き出た場所ではない為、警戒すべき海に囲まれずに済んだことは幸いだった。


「まず、ディープワン級からだ。ブリッツのみで仕留める。アマツはゲヴァルトでデカブツの出現を警戒しつつ援護を。ライフルじゃないから遠距離ってわけにはいかないから距離を保って万が一に備えて」


「了解、ボス」


 アマツは冗談めかして言った。その明るさが今は皆の救いになっていた。


「私が、行く。行かせて」


 ヒソカだった。タタリは視線を合わせる。ひるむことなく目に光を宿したヒソカを見てふっと笑う。


「油断はしないで」


「有難う」


 応えたヒソカはぎゅっと拳を握りしめて先頭に立つ。

 大型のコンバットナイフとブリッツアイゼンを両手に携えたヒソカは黙って先陣を切った。サポートとしてアマツが後ろにつく。距離を取りながらハイドラマグナへと接近していく。


 ウツロはデータ取得の為に後方待機し、タタリが全景を見張る。

 ヒソカがハイドラマグナに接近すると、今回は十メートルほど離れているにもかかわらず何らかの反応が見える。


「注意して」


 タタリの声がインカムに響く。

 ヒソカは定石どおり身を低くし、テトラポットに群れるディープワン級を捕捉。


――今はとにかく目の前のハイドラマグナを全て殺す。殺しつくす!


 安定しない足元のテトラポットを器用に蹴ってディープワン級の隙を突き、ヒソカが飛び掛かる。ブリッツを頭部に打ち込み、トリガー。ただそれだけ。

 何度も繰り返した練習のように。


 次の瞬間ヒソカの世界は無音になった。唐突に重力の揺らぎを感じ、ぐるぐると回る。数秒経って地面にぶつかった。状況を確認する。ややあって人間の体のようなものが目の前に落ちてきた。それが自分の体であると認識する前に意識は闇に落ちた。


 あっという間だった。ゆらゆらと動くディープワン級にフェイクを交えて飛び掛ったヒソカのブリッツが頭部と思わしき場所に突き刺さろうとした時、アッパーのようにカウンターをあわせた腕がヒソカの首を突き上げる。頭部は切断され、宙を舞う。更に残された身体をすれ違いざま掴み、力を殺さず高く投げ飛ばす。ややあって転がった頭部の近くにぐちゃりと身体が落下した。


「て……てめえ!」


 頭に血が上ったアマツが我を忘れてゲヴァルトを撃ち放ちディープワン級の上腕から先がはじけ飛ぶ。同時にもう一体のディープワン級が跳躍、射撃の反動で硬直するアマツへ飛びかかる。


「危ない!」


 ホノカが複層ポリカーボネイト製シールドを構えて庇うが、シールドは紙切れのようにひしゃげ、吹き飛ばされる。


「…………ぐっ!」


 タタリがかろうじてホノカの身体をキャッチした。


「大丈夫か?」


「あり、がとう。アバラが何本か折れたけど、まだ平気」


 命に別状は無い事を確認しゆっくりと地面にホノカの身体を下ろしたタタリはディープワンの群れに向かってゆらりと歩を進める。


「……こいつが臨界態か。……私がやる」


 闇の中でタタリの低い声が聞こえる。


「けど一人じゃ……!」


 アマツの言葉はすぐに遮られる。


「……私だっていつでも冷静でいられるわけじゃ無いんだ。……頼む」


 月の光を反射した銀髪がざらりと揺れる。絶対零度の怒りを纏ったかのようなタタリの表情を目にしたアマツは後ずさり尻餅をつく。

 インカムを通じて皆のスピーカーにはタタリのぎちぎちと奥歯をかみ締める音が流れる。

 アリスたちは無言で彼女の提案を受け入れていた。


「ありがとう、みんな」


 いつもの声だった。けれど一瞬だけ。


「……よくも私の妹を……妹達を。殺してやる。バラバラにしてやる」


 ゆっくりと、憎悪に満ちたケモノの声が闇に響いた。

 ハイドロゲル切断用の特殊コーティングが施された黒い刀身の大型コンバットナイフとブリッツ。皆と同じ基本兵装のみを手にしたタタリは四体のディープワン級の群れに音も無く飛び込む。


 黒いエラストマに覆われた四肢は闇に溶け込み白銀の髪だけが闇の中すべるように踊る。接敵する瞬間カウンターをあわせて伸ばされる触手を紙一重でかわし、肉薄。


「死ね」


 黒い怨嗟と共にブリッツが頭部に突き立つ。トリガー、排莢、リロード。

 フェイクを交えながら離脱したその足で次の標的へ。殴りかかる腕にコンバットナイフを突き立て切り裂きながらブレーキ、触手を薙ぐ。


 応戦する相手の腕を蹴り隣の個体へブリッツをねじ込むも振り下ろされた触手をかわす為に手を離す。足元のテトラポットを掴み遠心力を使いカポエイラのようなまわし蹴りを放った。衝撃を与える事で硬直し相手が一瞬の静止、その隙に身をよじり飛び跳ねて離脱。

 一瞬の出来事だった。


「……臨界態とノーマル、一体ずつ駆逐。誰か代わりのブリッツを頂戴」


 振り向かず、伝えて手を伸ばす。


「あ、ああ」


 アマツがブリッツを手渡すとはじかれたようにタタリはディープワン級の元へと飛び込む。アリス達は圧倒されていた。普段から成績の優秀だったタタリではあるがここまでやるのか、と。明らかに彼女一人が飛び抜けた強さを持っていた。


 ややあってタタリは残る二体のディープワン級も殲滅した。

 同時に波の音に違和感が混じる。


「ようやく……本命の登場か」


 黒い海面が静かに盛り上がった。

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