第4話

 ブリーフィングルームには個々のパーソナルカラーが入った簡易拘束衣で身を包んだ三体のミニステルアリスの姿がある。今回はG1-04からG1-06までが出動する事になった。


「今から殲滅対象の資料を配る。相手の形態は多様性に富む。多少説明と異なる場合がある可能性もあるが八割以上相似していれば迷わず殲滅しろ」


「了解」「まかせろ」「はぁい」


 それぞれがばらばらに返事をする。統一感も緊張感も皆無だった。

 対ハイドラマグナ殲滅の為に開発されたアリス用の特殊兵装が用意されてもいた。

 ハイドラマグナはその身体のほとんどが水だ。故に面での打撃攻撃はほぼ無効化される。プールに飛び込む事を考えれば解りやすいが水ベースの身体というのは衝撃に対しての耐性は異常なほど高い。ある種、天然のダイラタンシー装甲リキッドアーマーを持っていると思えば良い。


 となると次は斬撃。通常のクラゲであればこれが最適解である。だがハイドラマグナの場合は群体ゆえに切断したところで完全な殲滅には至らない。また刺胞細胞の特性から対象の死亡だけでは脅威の排除には繋がらない。勿論一時的に動きを止めるという意味では有用だが別の手段により止めをさし、処理する必要性があった。


 海の生物という事で浮かぶのは焼却。高温によるタンパク質変性を引き起こすためそれなりの効果がある。けれどそれもサイズが小さければの話だ。最も小さい群体でぎりぎり、大型になればコストに見合わない。


 以上の消去法によりハイドラマグナの殲滅には電撃を放つ火薬式の鉄杭パイルと刃物を用いる事になった。試行錯誤の末に完成したエレクトロパイルバンカー。


 ミコトによりブリッツアイゼンと名付けられたそれは体表ではなく内部に高圧電流を流し込む事で対象を死に至らしめ、その熱量によりタンパク質加熱変性を引き起こし刺胞細胞を無効化する。水中戦では電撃に頼る事が出来ないのでサブウェポンとして大型コンバットナイフを装備している。またハイドラマグナを成長段階別に統一呼称が決定された。



 第一段階:ファイサリア級

 おおよそ一メートル程度のサイズにまで成長、結合した姿。見た目は半透明の球形でエチゼンクラゲとよく似ている。恐らく調査捕鯨船を襲ったのはこの形態だと思われる。動きは遅いが刺胞細胞の密度、そして射出される刺胞毒の毒性は最も高く、致死率も高い。



 第二段階:ディープワン級

 三メートル程にまで成長する。ただのクラゲのような不定形だったファイサリア級とは打って変わり、その姿は人間の上半身のようなものへと劇的に変化を遂げる。巨大な二本の腕で身体を支え、足に相当する器官は無い。ファイサリア級とは違い表面に保護膜を展開し、陸地でもある程度の活動が可能。ここまでのサイズになると火炎によるけん制が非常に難しい。非常に対処の難しい形態となる。比較的最近見つかった形態であるがサイズの順番から第二、としている。



 第三段階:ダゴン級

 形としてはディープワン級と遜色が無く巨大なクリオネのような、人間と同様の腕を供えた形態を取る。その大きな違いはサイズである。約二十~五十メートルと異常なほどに巨大化する。南極、北極で観測されるヒトガタとは恐らくこの状態を指す。異常な質量を誇るため海中活動がメイン。思いのほか早く泳ぐというが映像は未だに撮られた事はない。恐らくは群体生物であるハイドラマグナの運搬形態ではないかと思われる。この形態で移動し、ディープワン級やファイサリア級に分化し、人を襲う。何例か陸上への出現例はあるがその巨体ゆえに愚鈍であったという。

 ただしその大質量ゆえに焼き殺す事は難しい。豪快な事に合衆国ではトマホーク(ミサイル)を打ち込んだ。殲滅には成功したが、被害は甚大なものになった。そういう意味でも最大最悪のハイドラマグナと言えるだろう。



 今回対処するのはディープワン級だった。神光(かみつ)市沿岸にそれらしい物体が複数流れ着き、上陸し港で猫やカモメを捕食している所が目撃された。適当な理由をつけて周辺を封鎖、厳戒態勢が敷かれている。


「準備は良いな。では移動する。装甲車に乗り込め」


 ミニステルアリスを乗せた車が現場へと向かう。


「いよいよ、か」


 癖なのかミコトはロケットペンダントをいじりながら津田の隣で呟く。


「不安か?」


 ミニステルアリス運搬用装甲車の荷台は騒音が酷かったので大きめの声で問いかけた。


「そりゃあね。私にとっては娘みたいな……ああ、ごめん」


「別に構わない。お前がアリス達をどう思おうと関係ない。それにそれが人としては正しい。俺だってドライに取り繕ってるのはガワだけさ」


 おどけてみせた。そしてそれは真実でもあった。


「……そうだね、アリス達に酷い事してるのは解ってる。けど、どうしても情が湧いてしまう。無事に帰ってきてくれるといいけど」


「データを見る限りでは別に何の問題もないと思うけどな。奴ら陸地じゃ馬鹿みたいに鈍い。ただのでかいトコロテンみたいなもんだ。刺胞細胞を無効化出来るアリス達が後れを取る理由が無い」


「まぁそうなんだけど、やっぱり心配なんだよ」


「ふん、母親みたいだな」


 冗談めかしてそういうとミコトは黙って、またペンダントを弄り出した。



 装甲車は封鎖された神光港周辺地域に予定通り到着した。

 ヒソカ、アマツ、スズリの三名は黒い拘束具とアイマスクを身に着けて座席にベルトで固定されていた。

 ややあって後部ハッチをノックする音が聞こえた。入室を許可すると現場の監視要員が入ってくる。


「監視対象の状況は」


 問いかけた津田に向かって髭を携えた男は手元の資料を捲りながらはきはきと答えた。


「ディープワン級三体を確認。いずれも沿岸部にて小型哺乳類を捕食後活動を停止しています」


「映像はあるか」


「こちらです」


 タブレットを渡されるとディスプレイには醜悪な、それこそミコトがいつか言った「蝋をぶっ掛けた白い人魚」のような物が映っていた。ファイサリア級のように半透明ではなく白っぽく濁った色をしており、赤い血管のようなものが各部にうっすらと走る。また目や口は存在しないが頭部のようなコブを形成していた。目立つのはややゴツ目の二本の腕。指は触手のように分化しているが恐らくマニピュレータとしての機能は無く陸上歩行用の『足』だろう。今まで見てきたハイドラマグナはそのほとんどが断片やファイサリア級であり、鮮明な写真は少なかった事もあり物珍しげに見つめる。


「どれくらい近づける」


「解る範囲では五メートル程度まではドローンで問題なく近寄れます。それ以上は粘液の射出などを警戒し、断念しました。その範囲内に近づくと相対するかのような動きを見せます。ただし非常に遅く、特に接近してくるような事もありません」


「そうか、わかった」


 通常の人間以上の運動性能を持ち、刺胞毒をものともしないミニステルアリスにとって何の脅威も無い相手だった。


「……だ、そうだ。どうおもう?」


 タブレットを覗き込んでいたミコトに問う。


「国内初のディープワン級の出現がいきなり複数連れ立ってとはね。でも複数いたとしてもそれだけ愚鈍な存在なら特に問題はないと思う。構造上素早い動きは絶対に出来ないはずだしね」


「そうだな。猫やイヌ、カモメなんかが捕食されているのはやや気になるが」

「不意を突かれて刺胞毒を打ち込まれたんだと思う。……ただ、そうね。未知の何かがあるかもしれない。油断しないに越した事は無い」


 総合的に問題ないと判断した。愚鈍なスライムの唯一の武器である毒を無効化し、電撃処理する。初陣としては地味だが、お上にその性能を誇示するには丁度良いかもしれない。アリス達の簡易拘束衣、そのベルトを順番にはずしていく。


「今からお前たちにディープワン級ハイドラマグナの殲滅を行ってもらう。装備を確認して問題なければ外に出ろ」


 アリスたちに告げると先ほどと同じばらばらの返事。ある程度統一した方が良いのかもしれない。全身を覆うスーツの上から黒いエラストマ製ロンググローブと絶縁ブーツを身に着けたアリス達はその肌の白さが余計に際立った。イテルがブリッツアイゼンを手に取る。


「オーバーキルにはならないように気をつけます」


「ああ、お前たちには無害だが我々にとってハイドラマグナの刺胞細胞は致命的な物となるからな。それにサンプルはなるべく多く欲しい。周囲に飛び散らないよう、なるべく綺麗に頼む。だがまずお前たちが無事に戻ってくる事が第一だ。それを肝に銘じてくれ」


 アリス達はこくりと頷く。


「……ご褒美、ある?」


 アリス達の中で最も内気なスズリがぼそりと呟く。口を開く事自体が珍しいのでやや驚いた。


「ふむ、考えてはいなかったが……よし、ミコト、何か用意してやってくれ」


「ええ、私が?」


 いきなり無茶振りしたせいかミコトが驚く。


「ああ。適任だ。……そういうわけでご褒美もある。存分にお前たちの性能を発揮してくれ」


 にこやかに伝えた。スズリは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頷いた。


「それって、私達にもあんのかよ?」


 アマツがややぶっきらぼうな喋り方で聞いてきた。


「勿論本日出動した全員に、だ」


「……あー、はいはいわかりましたよ、頑張って用意しますよ!」


 ミコトがやけを起こして答えるとアリス達は程度の差はあれど嬉しそうな顔を見せた。

 作戦開始時刻を知らせるアラームがなる。


「では本時刻を持ってディープワン級ハイドラマグナ三体の殲滅作戦を開始する。各自事前情報を元に連携をとり、臨機応変に対応しろ。……それと返事を統一する。そうだな……」


 アリス達に出陣前最後の指示を出す。形だけのざっくりとした指示ではあるがそれでもアリス達に緊張の色が見て取れた。


「よし、くれぐれも無茶はするな。では、状況を開始する」


「了解!」


 三体のアリス達は息を合わせた返事をしてハイドラマグナの元へ駆けた。



 ディープワン級ハイドラマグナは海辺から沖合いに伸びて行く防波堤、その先端に居た。普段は釣り人が群れているが、今日は封鎖されている為人影は見えない。約三メートル、白いディープワン級が三体固まっていた。月の光をぼんやりと反射したそれは辺りの風景にはなじまず、異質な存在感をかもし出していた。


「まず私が様子を見る。映像の記録と、必要であればサポートを頼む」


 アマツが先行する。ディープワン級ハイドラマグナは報告どおり五メートル半径内に入るとゆっくりとアリス達の方向へ向き直り、警戒したかのような動きを見せた。それでも所詮はヒドロゾア。構造上素早い動きは出来ない。アマツは体を低くしてコンクリートの堤防を蹴り一気に接近する。アマツの体は猫科の肉食動物のように素早く飛び跳ね、フェイクを交えディープワン級の後ろへ移動した。


一連の動きに細かく織り込んだフェイクへの反応が無い事を確認したアマツは背後から頭部と思わしき場所にブリッツアイゼンを当て、トリガーを引く。火薬を用いて相手の体に打ち込まれた金属製の杭は超高圧電流を放ち、ディープワン級の身体を内部から極熱で焼き切る。直後ぶるぶると痙攣し、傷口から水蒸気を吐き出して溶けるようにその場に崩れ落ちた。

即座に距離を取るも残る二体ものろのろと動いているだけだった。


「手ごたえが無い。私一人でやれる。行動観測、データの記録継続を」


 アマツは残る二人に伝えるとブリッツアイゼンをリロード、排莢を行う。単一電池ほどのサイズをした空薬莢がカツンと落ちた。反響音の直後、残る対象へと飛び掛る。

 打ち込み、通電、排莢。即座に二体目も倒れた。


 三体目は腕から触手を伸ばし、アマツに触れたが、アリス達に刺胞毒は効かない。そのままものともせずに最後のディープワン級をしとめた。どろどろとした透明な体液を流しながら三体のディープワン級は体積を失っていく。


「なんだ、せっかく三人も来たのにあっけなかったな」


 アマツが停止し、ブリッツアイゼンをぐるりと回転させ言った。二人が集まってくる。ハイドラマグナの死骸はすでにビニールの袋のようにぺしゃんこになり、傷口からは豪快に吹き出ていた湯気も収まりつつある。その様子を見てブリッツアイゼンの威力は想像以上だったがサンプル採取という意味ではいまいちだな、とアマツは苦い笑顔を浮かべた。


「怖く無かった?」


 スズリが恐る恐る聞く。


「なんてことは無い。ただの木偶(でく)だった。訓練と同じだよ。コイツも結構使い易い」


 ブリッツアイゼンを眼前に持ち上げてぽんぽんと叩き笑顔を見せる。

「そっかぁ。良かったね、簡単に終わって」


 スズリは笑顔を浮かべて、『ご褒美楽しみだなぁ』と言った。



――否、恐らくそう言おうとした。

 突然海中から現れた白い巨腕に一瞬で彼女の体は掴まれ海に引きずり込まれる。その際、下半身の大半はコンクリート護岸との摩擦により削り取られ真っ赤な血しぶきが上がった。残ったミニステルアリスは即座に反応する。


「距離を取れ! 海中からだ! 警戒しろ!」


 アマツが声をかけイテルも続いて距離を取った。


「緊急事態(エマージェンシー)! G1-06が海中に引きずり込まれた!」


 通信機の向こうで津田とミコトに動揺が走った。ややあって、べちんと音がした。白い巨腕を警戒し音のした方向へ振り向くとスズリの握りつぶされた上半身が無造作に落下していた。埠頭の反対側の海からも白い巨腕が現れる。ディープワン級とは違いきちんと人間の手のような形状をとっている。それは巨大な人間の手そのものだった。


 無造作に、異常な速度で自らを掴もうとする白い巨腕をアマツは身体を強引にひねり辛くも回避する。何の意志もないただのサンドバッグだと思っていたハイドラマグナがこのような動きをするという報告はどこにも無かった。


「司令官! G1-06は死亡を確認! 応戦しますか!? 指示を!」


 ノイズの煩い通信機の奥で漸く津田の声がはじけた。


「……撤退しろ!」


 アマツが叫ぶ。


「撤退するぞ!」


 防波堤から一気に駆け出す。同時に逃げ道を塞ぐように再度白い巨腕が現れアマツへ襲いかかる。ぎりぎり避けた。アマツはそう認識していた。だが直後右腕に烈火のごとく熱が走る。


「がああああ!」


 腕を肘からもぎ取られていたが構わず駆け抜ける。後ろに続くイテル、その退路をアマツの腕を指先でもてあそぶ白い巨腕が塞いだ。潰した腕を無造作に放り投げ、白腕はイテル目掛けて襲いかかった。イテルは超速で反応し、即座にバックステップで回避する。


 だが着地点を狙い済ましたかのようにもう一本の巨腕が振り下ろされ、虫のように叩き潰されたイテルの身体が埠頭を赤く染めあげた。


 装甲車までたどり着けたのは右腕をもがれたアマツだけだった。海中から突き出た二本の白腕は何かを探すようにぐるぐると動いた後、静かに海の中に消えていった。

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