第20話 伝説の始まり

 スロガ公爵領で起こった傭兵同士の乱闘事件は、関わったローク男爵側の私兵全てが処刑されて解決された。

 その中には、逃走中に警備兵に抵抗して殺された者もあれば、連行された後、裁きにかけられて死刑を宣告された者もあった。

 その裁きの中で、アルケン伯爵側の私兵によってローク側の私兵に負傷者があったことも明らかにされた。

 領内で騒乱を起こした者は例外なく処刑するというスロガ公爵の厳命により、アルケン伯爵に雇われたグルトフラング傭兵団にも調査が及んだ。

 しかし、乱闘に関わったジェハという少年兵は確認できなかった。

 団長のグルトフラングは老獪ではあるが狡猾ではなかった。自らスロガ公爵の前に出頭し、ジェハという少年兵が傭兵団の一員であることを認めた上で、今回の戦闘には参加していないことを明言した。スロガ公爵は、その堂々たる態度を称え、該当する兵の処分を一任した。

 グルトフラングはジェハの行為を敵前逃亡とみなし、傭兵団の中から数名の暗殺者を募ってジェハを捜索させた。

 暗殺団はスロガ公爵の警備兵たちも及ばない働きを見せた。何度も現場に足を運び、近辺の領民から目撃情報を集め、ジェハが「帰らずの森」に逃げ込んだという結論を出した。彼らはジェハを追って「帰らずの森」の中に踏み込んでいったが、そのまま再び戻ることはなかった。

 グルトフラング傭兵団の暗殺者は何度も送り込まれた。だが、生還者はなかった。やがて、アルケン伯爵領とローク男爵領の国境争いは何度目かの休戦を迎え、それをきっかけにジェハの捜索も打ち切られた。

 そして長い年月が経って、「帰らずの森」に妖怪が出るという噂が立った。この噂は必ず、「友達の友達が、その森から逃げ出してきた子どもたちから聞いたらしい」という前置きで始まる。だが、その「子どもたち」に何があったのか、どこでどうしているのか知る者は誰もいない。

 その噂というのはこんな話である。

 何でも、森の中の小道をどこまでも行くと、無数の塚がその両端に見えてくるのだという。

 その間を歩いていくと、森の中に切妻屋根の小さな2階建ての家が現れる。

 そこには色の黒い髭面の小男が棲んでいて、家の前を通り過ぎようとすれば、呼び止めて勝負を挑むのだという。

 勝負を受けても拒んでも、生きて帰ることはできない。

 男の振るう黒い長剣は、最初の一撃で急所を襲い、相手を絶命させるからである。

 噂が本当かどうか、確かめる術はない。男が生きているのかどうかも分からない。

 なぜなら、スロガ公爵領からアルケン伯爵領に行くにもローク男爵領に行くにも、「帰らずの森」を迂回する安全な街道が立派に整備され、敢えて危険を冒すこともないからである。

 もしかすると、わざわざ道を外れる物好きが何人かいたかもしれないが……

 だが、いずれにしても、「帰らずの森」から生きて帰った者がいるという話が聞こえてこないところを見ると、男はまだ、生きているのかもしれない。

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