第13話 待っている仲間
ジェハがリナの家についたときには、すっかり日が暮れていた。扉を叩くと、初めて会ったときのようにリナが笑顔と共に現れた。ジェハは、招かれるままに家に入り、あのときと同じように二人で夕食のスープを啜った。
食事が済むと、リナは頬杖をついてジェハを見つめた。
「急にどうなさったんですか?」
そんな聞かれ方をすると、何も言えなくなる。おろおろするジェハに、リナはなおも聞いた。
「そういえば、クローヴィスさんは?」
「グルガンさんに用事があるってさ」
そうですか、と答えるリナは少し残念そうである。ジェハは面白くなかったが、その気持ちはかえって、自分の用件を伝える後押しをした。
ジェハは、黙ってペンダントをテーブルの上に置いた。リナが怪訝そうな顔をした。
「これ……。」
古い、錆びの浮いたペンダントである。贈り物にするようなものではない。ジェハはペンダントを開いた。
意外なものを見たかのように、リナの目が大きく見開かれる。そこからやがて、一筋の涙がこぼれた。
「父さんのペンダント……母さんの顔……」
リナは、顔を手で覆って身体を震わせはじめた。そのむせび泣きは、やがて嗚咽に変わった。リナはテーブルに突っ伏し、声を上げて泣き出した。
村はずれの一軒家である。誰に聞かれる心配もなかった。
ジェハはどうしていいか分からず、食器を持って台所に下がった。
石造りの粗末な流しに、樽のなかから汲み置きの水を張って、木の皿とスプーンを洗った。その洗い物の音でも、閉められたドア越しに聞こえるリナの泣き声は隠せなかった。
リナが泣き止んだ頃、ジェハも台所を出た。
涙を拭いているリナから敢えて目をそらし、荷物を取って、外へ出ようとする。
リナが呼び止めた。
「待ってください」
扉のドアノブを握って、ジェハは立ち止まった。ジェハの背中に、リナが尋ねてきた。
「このペンダント……どこにあったんですか?」
ジェハは扉を開けながら言った。
「さあな。グルガンが見つけたらしい」
そのまま石段に足をかけようとすると、リナがまた声をかけた。うるさそうにジェハは答えた。
「何だよ」
「あの……。」
なかなか次の言葉が出ないので、ジェハは振り向いた。
そこには、さっきと同じリナの笑顔があった。
「グルガンさんやクローヴィスさんに宜しくお伝え下さい」
ジェハは意地悪く笑い返した。
「ガルバは?」
リナはくすくす笑いながら答えた。
「明日の朝、きっとまた来るに決まってますから」
ジェハはリナの家の扉を閉めた。
明日になっても、ガルバは来られない。だが、それをリナに話すことはどうしてもできなかった。
話せば、リナはガルバのためにグルガンのいる水車小屋に駆けていくだろう。
だが、それはリナにとってもガルバにとっても幸せなことではない。ガルバにしてみれば、リナに無様な姿を晒したくはないだろう。リナも、自分のためにガルバが倒れたと知れば深く傷つくに違いない。グルガンに問われれば、ガルバを傷つけた後ろめたさから、これまで隠しに隠していた秘密を明かしてしまうかもしれない。
それはいけない。
ガルバはともかく、リナにはいつも笑っていて欲しかった。
夜明けまでにケリをつけてやろう、などという無茶な考えまでもが、ジェハの頭をよぎる。
ジェハ自身のためではなく、リナのために……。
石段を降りて、森の中の暗い道を歩きだした。
ひとりで歩く道は、暗く、寂しかった。
傭兵となってからは野戦などしょっちゅうだったし、敵軍の巧妙な戦術で味方を分断され、こんな森の中を一人で彷徨うことも珍しくなかった。
だが、今の気持ちは何か違った。ひとりではいられなかった。
誰かに、隣を歩いていて欲しかった。
ジェハ自身も、誰かの隣を歩きたくて仕方がなかった。
もし、横に並んで歩いているのがリナだったらと考えてみた。
あの白い麻の服が、夜道でもぼんやり輝いて見えるかもしれないという気がした。
ときどき自分に向けて微笑んでくれたらと思った。
そして、最後にジェハに向けてくれた笑顔を思った。
泣いたばかりのはずである。ジェハにその経験はないが、体の中から何かを絞り尽くすような、そんな泣き方だった。
それでも、出て行こうとするジェハには泣き顔を見せなかった。
ジェハがリナを助けると言ったときはあれだけ泣いたのに……。
次に、クローヴィスのことが思い浮かんだ。
腹が立ってくるほどの美青年である。
言っていることは小難しくてよく分からない。
分かるのは、ジェハよりも、はるかに腕が立つということだ。
それだけではない。
不思議な力が使える。「黒太子の剣」のような魔剣を、自力で手に入れてもいる。
さっきは闘わずに済んだが、「黒太子の剣」を抜かれていたら、間違いなく死んでいた。
今、そのクローヴィスが自分の隣を歩いていたら、と考えてみた。
一人でずっと歩いてきた暗い道が、随分と長いものだったような気がした。
村の家々の灯が見えてくる。誰かがやってくる気配はない。
そのまま、息を殺して歩き続けて村へ着くと、その入り口の柵でクローヴィスが待っていた。
ジェハは自分よりだいぶん背の高いクローヴィスを見上げた。
おかしな意地は、もうなかった。
言わなくてはならない言葉は、素直に出てきた。
「力を貸してくれ。俺はリナを救いたい」
クローヴィスは頷いた。
「グルガンのところへ戻ろう。知っていることは全て話してくれ」
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