第9話 少女が美剣士を出迎える

 リナの家に戻ったジェハはもちろん歓迎されたが、クローヴィスはそれ以上に楽しそうな出迎えを受けた。

 長い銀髪を煌かせた長身の偉丈夫に、リナは目を輝かせ、いそいそとお茶の支度を始めたのである。

 ジェハはいたく気分を害し、リナに断りもせずに暖炉の前のソファにもたれて座り込んだ。

 お茶の準備ができたと呼んでも、知らん顔でフテ寝を決め込む。

 とことこと歩いてきたリナが顔を覗き込んでも、気分が悪いとそっぽを向いた。

 しかたなく、リナはクローヴィスと二人でお茶を飲むことになった。

「こんな森の中まで、いったい何の御用でいらしたんですか?」

 リナの声は興味津々といった様子である。たしか、ジェハのことはこんな風に聞いてはくれなかったはずである。

「祠を探しているんです」

 おい、とジェハは思った。話のほとんど核心である。

 リナはしばらく考えて、「見たことはないです」とはっきり答えた。

 そうか、とだけ言って、クローヴィスはグルガンの話を始める。

 リナは、はしゃいだ。

「グルガンさんのこと、ご存知なんですか?」

「ええ、10年前から」

「面白いお方でしょう?」

「はい」

 クローヴィスの話では、どうしてもグルガンとの旅の話になる。10年前の出会いから始まって、旅先で会うたびに彼と飛び込んでいった冒険の日々の話が、リナの表情を輝かせた。

 しばし話しこんだところで、クローヴィスはリナがどうやってグルガンと知り合ったのか尋ねた。

 リナは、10年前にここへ来たときのことを話し始めた。

「私は、もともとユイトフロウの者ではありません。どこから来たのか、自分でもよく知りません。物心ついた頃には、両親と共に旅から旅への生活をしていました。もしかすると、両親は祝福されない関係の男女だったのかもしれません。どの土地へ行っても、落ち着くことができませんでした。」

 ソファの上から眺めると、クローヴィスは机に肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せて、黙って話を聞いている。

「辛かったでしょう」

 そう言うクローヴィスの眼差しには、何やら真剣なものが感じられた。ジェハは、それが剣を振り回すしか能のない自分にはできないことであるのを感じていた。

 リナは首を小さく横に振った。

「旅をしていない生活というものを、私は知りませんでしたから。ここへ来て、両親を失ってはじめて、ひとつところに留まって暮らすことを覚えたのです」

 そう言って目を伏せたリナはつぶやいた。

「どこへも行かないで生きるのが、こんなに辛いことだなんて」

 クローヴィスは、大きく息をついて尋ねた。

「失礼ですが……」

 そこへジェハが「待てよ」と口を挟んだ。クローヴィスが何を聞こうとしているか察したのである。だが、ジェハが何か言おうとしたとき、リナが口を開いた。

「私も、なぜ両親が死んだのか知りません。私が覚えているのは、この森にやってきたのは、戦のせいだということです。アルケン様の方へ向かう街道にも、ローク様の方へ向かう街道にも、恐ろしい姿をした男たちが満ちあふれていました」

 ジェハは横になったまま、リナから顔を背けた。自分も、そのひとりである。

 そんなジェハに気づいたリナは「ごめんなさい」と微かな声で言ったが、ジェハには「気にするな」と答える程度の要領しかなかった。

 クローヴィスが話をつなぐ。

「ご両親は、この森を抜けることにしたんだね?」

 リナは頷いた。

「はい。まさか、『帰らずの森』だなんて……。」

 クローヴィスは更に尋ねた。

「思い出せる限りで構いません。あったことだけを教えてください」

 リナは一瞬だけ沈黙して、クローヴィスに尋ねた。

「あなたはいったい、どのような方なのですか?」

 クローヴィスは微笑んだ。

歯が妙に白い。

 その声は、男のジェハの耳にも頼もしく聞こえた。

「リナさんの味方です」

 啜り泣きの声が聞こえた。昨夜、ジェハが聞いた泣き声だった。

 ジェハはソファの上で縮こまり、両耳を塞いだ。

 それでも、リナが記憶の断片を語る声は聞こえていた。

「森の奥へ奥へと入っていくうちに、この村に迷い込んだのを覚えています。村の人は、見ず知らずの私たちに親切でした。温かい食事を振舞ってもくれましたし、ふかふかのベッドにも寝かせてくれました。ただ……。」

 リナの声は暗く沈んだ。クローヴィスは怪訝そうに「ただ?」と繰り返す。

「それから何があったか、どうしても思い出せないんです。村の人が何十人も、大騒ぎしながら私たち親子をどこかへ案内したような気がするんですが、気がついてみると、私はこの家のベッドに寝かされていました。何日も一人では起き上がることも出来ないくらい弱っていて、しばらくは見ず知らずのお年寄りが面倒を見てくださいました」

 クローヴィスが確かめる。

「それが、グルガンさんだね?」

 リナが「はい」と頷くと、クローヴィスは礼を言って席を立った。リナは慌てた。

「もう、宜しいんですか?」

「急ぎの用がありますので」

「そうですか……」

 クローヴィスの答えに残念そうな言葉を返し、リナはソファの上のジェハに歩み寄って、今朝と同じような明るい声をかけた。

「もう、出かけられるそうですよ」 

 わかってるよ、とジェハは立ち上がり、クローヴィスより先に家の戸を開けて、すたすたと出て行った。

 リナに見送られながら、クローヴィスが追いついてきた。

 ジェハが振り向くと、クローヴィスはにこにこ笑っている。

 リナの家の戸が閉じられると、ジェハはクローヴィスに毒づいた。

「何がおかしい」

 クローヴィスは答えず、逆にジェハに聞き返した。

「好きなのかい? 彼女のこと」

「うるさい」

 ジェハは色の浅黒い顔を真っ赤にして、村への道を走り出した。

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