1−3 話し合い

 「では、先に跳ねた血を落としましょう。着替えはこちらで用意しておくので。」

 そう言いながら、アステナさんは風呂場に案内してくれる。

 「いま着ている洋服はこの袋に入れてください。」

 そう言い、大きめの巾着袋のようなものを渡された。

 「なんかすいません、何から何まで。」

 「いえ、気にしないでくださいねっ。では。」

 また先程の慈愛に満ちた笑顔を向けてくれる。

 「はい、ではお風呂お借りします。」

 洗面所の扉を閉め、血で少し重くなった服を脱ぎ、貰った巾着袋に入れる。風呂場の扉を開けるとまさに檜風呂。立派な浴槽があった。そしてその横には鏡と柱が建っていた。そこに草が丸められた何かが置いてある。

 というか、鏡あるんだ、この世界にも。

 鏡がある事に軽く感動を覚える。が、体を流すのに肝心なモノがない。

 「どうやって、洗えばいいんだろう。」

 そう、ここにはシャワーがない。浴槽にも湯は張っていなかった。そこで柱らしきものを見ると上の方に紫色の綺麗な石が付いていた。クリスタルみたいな石だ。

 なんだろう、これ。

 そう思い、意識して石を見ると、体の中で何かが駆け巡り、灰色の霧のようなものが発生し、巨大熊の攻撃を避けた時と同じような視界になる。うおっ、と内心驚いたが意識を途切らせずに維持し続けていく。そして紫色の石を見ると青と赤の霧のようなものが石に纏わり付いていた。なんだろう?と思い、石に触ると纏わり付いた霧が竜巻のように渦巻き、石の周りに結界のようなものが現れ、「ズザァァー!」と滝のような勢いでお湯が出てきた。

 「ぶはっ、おえ…。」

 なんだっ、今の。凄い勢いでお湯が出てきた…。

 あまりの勢いに驚き、さっきより控えめに石に触れる。すると、さっきの竜巻の様な動きではなく、ゆっくりと霧が石の周りを回っていく。と、先ほどと同じく結界が現れ、自分が求めていた水圧でお湯が出てきた。

 すごっ、なんだろうこの石…。

 そう思いながらも、髪にこびり付いた血を落としていき体全体を洗い流す。

 ふぅ、さっぱりした。でもまだ少し臭うな…。

 見た目の汚れは落ちたが、匂いは落ちない。どうしようかと思っていると、さっきの草の丸まったやつが目に入る。それを掴んで何度か揉むと、

 「うわ、泡が出てきた。」

 さっきの石より驚き、つい声が出てしまった。

 「なるほど、これで洗うのか。」

 一人でぶつぶつ呟きながら体を洗っていく。そして再度、石を触り意識するとまた結界が現れ、お湯が出てきた。付いた泡を洗い流し、浴室を出る。

 ふぅ、さっぱりした。

 ランドリーラックのような棚に綺麗に畳まれた服が置いてあった。

用意されていた服に着替え、洗面所の扉を開く。洗面所は玄関をあがり、すぐ右側にあるので、玄関とは反対方向に進む。通路を進んでいると、目の前の扉が開いており、そこはリビング兼食卓のような場所だった。2メートル以上の長さがあるダイニングテーブルにアステナさんとリーナちゃんが座っていた。

 「お風呂ありがとうございました。」

 「あ、はい。どういたしまして。どうぞ、座ってください。今、紅茶を出しますので。」

 「すいません、ありがとうございます。」

 アステナさんはそういい、対面式のキッチンに向かっていく。

 「おにいちゃん!おかえり!もうくさくないね!」

 「え、あ、うん。そうだね。」

 流石に臭かったよな…。

 まあまあなショックを受けていると、アステナさんがトレーにマグカップを乗せ、運んできた。

 「さあ、どうぞ。お口に合うといいんですが。」

 「はい、いただきます。」

 んんっ!

一口すすると、とても懐かしい味がした。見た目は薄い赤茶色の元の世界にあった紅茶そのものだ。でも、味はただの紅茶ではなく独特なハーブのような味がした。そう、ルイボスティーの味だった。母さんが「これはダイエットに効果があるのよ!」といい、なぜか半強制的に俺も飲まされていた。マグカップを置き、少し昔のことを思い出す。

 「っ…大丈夫ですか?」

 「あ、はい。昔、飲んでいた紅茶の味に似ていたので…。」

 「え、そうなんですか?それ、私が作っているものなんですよっ。」

 にこっと笑い、そう告げてくる。

 「自家製なんですかっ?凄いですね!」

 「そうでしょ!アステナはすごいでしょ!」

 こんな美味しい紅茶を作っているアステナさんに軽く感動を覚え、少し興奮気味に答える。と、可愛い笑みでリーナちゃんがくっついてきた。

 「う、うんっ。そうだね、アステナさんは凄いねっ。」

 くっつき離れないリーナちゃんに少し緊張しつつも受け答えをしながら、紅茶をすすっているとアステナさんが聞いてきた。


 「あ、あの、すごく今更なんだけど、名前はなんていうのかな…?」

 ………あ、言ってなかった。

 「すっすいません、諏訪綾人って言います。遅くなってごめんなさい。」

 「諏訪さんねっ。もう知っていると思うけど、私はアステナ。アステナ・マーレリアです。」

 出会ってから、今までで一番の笑顔で笑ってくれるアステナさん。

 「すわっていうんだぁ!じゃあすわおにいちゃんだねっ!わたしはねっ?リーナ・アルネシアっていうんだぁ!」

 向日葵のような可愛い笑みを向けてくるリーナちゃん。

 「あ、リーナちゃん。諏訪は家の名前で僕の名前は綾人だよっ。」

 「え?なんで、ぎゃくなのー?」

 アステナさんも、むむっ?という表情をしている。

 「んーとね、僕の住んでいた所では皆んなそういう風に名乗っていたんだ。」

 「でも、リーナもアステナもなまえがまえだよー?」

 うーん、何て説明すればいいんだろう…。

 「うん。僕はね、多分この世界とは全然違う所から来たんだ。だから、そういう風習みたいなものが違うのかも。わかるかな?」

 「んー、すこしわかった!じゃあ、あやとおにいちゃんってことだねっ!」

 その返事に自然と微笑んでしまう。

 「あの、綾人さん。その違うところというのは、この世界の人間じゃないって事ですか?」

 先ほどの朗らかな雰囲気とは一変し、凄く真剣な表情でアステナさんが訪ねてきた。リーナちゃんはといえば、僕の膝の上に乗り、僕の手を弄りながら遊んでいる。

 「はい、恐らくは。僕のいた世界には、あんな大きい熊なんていなかったですし、リーナちゃんみたいな女の子が巨大熊を倒すなんて絶対ありえないですから…。」

 苦笑いをし、頰を掻きながらそう伝える。と、アステナさんは真剣という表情から衝撃を受けた表情に変わり、少し固まっていた。普通ならかなり深刻な展開になるんだろうがリーナちゃんが遊んでいるお陰で深刻さが半減されている。

 「…では、やはり綾人さんはこの世界の人じゃないんですね…。」

 「はい、そうなりますね…。まず、僕の世界に魔法なんてものはないですし。」

 そう言うとアステナさんは更に驚いた表情をした。

 「え、魔法が無いんですか?そうですか…魔法が無い世界…」

 何かぶつぶつと呟きながら、一人の世界に入っていった。

 「あっ、ごめんなさい!つい…。目が覚めたら、フォルネウスの森にいたんですよね?」

 一人の世界から戻ってきたアステナさんは恥ずかしながら、しかしすぐに真剣な表情になる。

 「そうですね、目が覚めたらあの森にいました。」

 「んー、そんな現象聞いた事ありませんが…、可能性としては転移魔法でしょうか?」

 転移魔法?なんだそれ?んー、そのままに捉えるなら、ある場所からある場所に瞬間移動するみたいな魔法なんだろうか。

 「転移魔法?かはわかりませんが、巨大熊に襲われた時にどうにか躱そうとしたら視界が変わって自分の周りに灰色の霧が現れたんです。それで、巨大熊の周辺に灰色の線のタイルみたいのが出てきて、巨大熊が止まっているように見えたんですが。」

 「灰色の霧、線?何でしょう、それは…。」

 んー、アステナさんでもわからないのか。

 と、さっきの風呂場での出来事を思い出す。

 「あっ、お風呂借りた時に柱に付いた紫色の石に赤と青い霧が石に纏わり付いてるのも見えました。」

と伝えると、アステナさんはガタッ!と椅子から立ち上がり、

 「魔力が見えるんですか!?」

 と顔を近づけ、聞いてきた。ローブで分からなかったが、ローブを外し薄着になった今、豊満な胸が押し寄せてくる。

 うおっ、なんだ!?

 「…はいっ。魔力かは分かりませんが、赤と青の霧が纏わり付いてるのは見えました。」

 「それは魔力です!」

 中学で習う英文の訳みたいにいうアステナさん。

 近いっ、近いですよっ。アステナさん!

 なんとなく勘付いていたけど、やっぱりあれは魔力というものだったのか。巨大熊の時はよく分からなかったが、石に念じてお湯が出た時に「魔法みたいだ」に思った。その際にお湯が出る前、赤と青の霧のようなものが僕が念じた事により反応したように見えたので、何かしらの関係はあるかと思っていた。

 アステナさんの言う通りなら、あれは魔力らしい。

 「魔力ってどういうものなんですか?」

 魔素という存在が気になり、尋ねてみた。

 「まりょくはね!まほうをつかうときにひつようなものなの!でも、まりょくはみえないものなんだよ?なんで、あやとおにいちゃんはまりょくがみえるの?」

 驚いているアステナさんの代わりに、僕の手で遊んでいたリーナちゃんが答えてくれた。

 「なんでなんだろうね?意識して周りを見るとそういう風に見えるんだ。

 あ、その時自分の体に灰色の魔力?がくっ付いて来るんだよね。」

 「んー、リーナもわかんなーい。でも、あやとおにいちゃんはすごい!だよねっ?」

 「うんっ。そうかもねっ。」

 そんな、とても朗らかな会話をリーナちゃんと会話をしていると、

 「……空間魔法…?」

 とアステナさんは呟き、そのまま続けて

 「綾人さんは古代魔法の1つ空間魔法を扱えるのかもしれません…。」

 と神妙な面持ちでそんなことを告げてきた。

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