第10話 『市役所』その6
アンドウタロウさんが帰って来た時、ぼくらは少し青ざめていたはずです。
さすがに、ここは、黙っていては、ますますバカにされるだろう・・・
で、ぼくは尋ねたのです。
「あの、あなたの同僚の方も、いま、ここに、いらっしゃるのですね?」
親分がきっと睨んできますが、無視しました。
「ああ! そうですそうです。いやあ、つい普段のくせになってしまって、すみません、統括殿。さすがです! 彼らは名刺交換とかの習慣がないもので、ほら、君、ごあいさつしなさい。」
空間に文字が浮かび上がりました。
「おわ!」
ぼくがびっくりしました。
よくない癖だと言われますがね。
『どうも、すみませんです。Aー9001ー12ーD番です。このたびは、どうか、よろしくお願い申します。』
と、赤い文字が、順次浮かんでゆきました。
「Aー9001ー12ーD番・・・さん?」
番長がつぶやきましたました。
どの方向からも、同じように見えたらしいです。
「ええ、そうなんです。彼らは記号と番号で名前を付けます。」
「規則があるのですか?」
「いえ、まあ、適当らしいです。なので、最初、同姓同名になる場合も、かなりあります。」
「どうするのですか?」
「名前を付けた時に同じものがあると、通知が来るので、もう一文字加えるとか変えるとかするのです。パソコンのメールアドレスみたいなものです。」
「はあ・・・うちのアパートの番号みたいだなあ。」
番長がぼけました。
「まあ、そういうものでしょうね。しかし、本質的には人間と変わりません。」
「まあ・・・そうかな。」
ぼくが言いました。
「ああ、本題をしましょう。」
親分が気に入らなかったみたいに、仕切りを付けて来ました。
「そうですな。」
ぼくらは事務的な打ち合わせに入りました。
面接会の形態自体は、これまでのノウハウもあり、そう問題もありませんでしたが・・・。
「我々にも企業にも、見えない人をどうやって見分けるのですか?」
「ダイジョブです。頭の上には、このように・・・はい、やって・・・ほら。こうして番号を点灯させます。どの場所にも変えられます。」
たしかに、人の頭の高さ位に、プレートのような、つまり名札型の表示が浮かび上がったのです。
それは、だんだん下に、下がってきます。
【 Aー9001-12ーD 】
「まあ・・・」
お嬢が声を上げました。
彼女には、いったい、全体がどう見えているのか。
気になります。
「でも、本名が解ってしまいますよね。」
「そうです。そこで、受付で当日の受付番号を紙で示します。すると・・・」
空中の番号が、想定受付番号に変わりました。
「こんな感じです。」
「履歴書は?」
「はい。これが国の標準書式ですよね。これに沿って、書いてもらってます。彼らは、見えない頭の中で作成し、機械と連動してそのままペーパーを出せるので、現地で自分で印刷してもらいます。こんな感じ・・・」
係長が持ってきた小型のコピー機が、すっと紙を排出しました。
模擬の履歴書です。
「なるほど・・・なんか、すごいな。でも、写真はない。」
「まあ、しかたないですよねぇ。そこは。見えないんだから。」
「本人が来てるかどうか、わからないな。」
「まあ、そこはもう、信頼する以外ないです。しかし、彼らの主張では、身代わりは、どうやってもできない、と言っています。」
「はあ・・・・・・」
空中に文字が浮かびました。
『我々は、精神医学上、また生理学上も、仲間同士での身代わりはできないのです。』
「・・・・・・・」
*** ***
まあ、こんな調子で、気になる問題はあるものの、とにかく打ち合わせは進みました。
「このあと、4時から国側と企業側の担当者が来ます。そこで、三者の打ち合わせをしましょう。本土のスローワークの方と、おとなりの、本省の偉い主任さんが来ます。彼らの承認がないと、成り立ちませんからね。それと企業側の実行委員会の方とね。これは、やや異例ですが、いいですか?」
「ええ。参加企業には?」
「まあ、これは当日、つまり、金曜日の面接会開始の事前説明で、説明いたしますから。それで、十分でしょう。」
「ふうん・・・。」
ぼくたち市側の打ち合わせ自体は、まあ、比較的すんなりと進みました。
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40分近く間が空いたので、ぼくらは外の公園に出て休憩することにしました。
そこで、やっと、4人になったので、番長がさっそくお嬢に問いただしました。
「どんな連中? 乗り移ってるって、なに? あたしたち正常?」
お嬢は、秘かに書いていたスケッチブックを開いて、ぼくらに公開しました。
「おわ?! なんだこれ?」
王子が目を見張りました。
いや、皆がそうでした。
子どもの書いたお日様のような・・・・
いやいや、違います。
それは、なあんとも、おどろおどろしい、姿だったのです。
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