第5話 『市役所』その1

 それから、ぼくたちは、相変わらずおかしな看板ばかりの街の中を、市役所の出張所に向かいました。


 この島は、同じ市内とは言え、今のところは、あまり人間は立ち寄らない場所です。


 一種の自治政府みたいな感じなのです。


 まあ、行き掛かり上、仕方なく編入はしたけれど、できれば、関わりたくはないのが、まだ、一般の心情と言うものなのです。


 実際、少し前までは、政府が一括管理していましたが、2年前に市に大幅に権限が委譲されました。


 いまでも、その部署が、市役所の建物内に残っています。


 ちょっと、そこだけは『特別地区』みたいな感じらしいのですが。


 しかしまあ、住民全部が「幽霊さん」とはいえ、それが実際には、どういうものなのかさえ、実は、まだ公表されてもいませんでした。


 存在しないはずの、存在ですからね。


 それでも、遠からず、政府は、『観光』を解禁したい意向らしいのです。


 この島には、確かに見どころがたくさんある、というのです。


 しかし、実際のところは、防衛上の理由も、どうやら、あるらしかったのですが。


 政府内には、この島に関する特別の部署もあるのですが、まだ市役所には情報があまり来ていませんでしたけれども。


 これは、まあ、いつものことですから。


 ぼくには、面接会の手伝いと共に、その、『裏準備』と言うような、役割もありました。


 きょうは、その政府の出先にもよる予定です。


 まもなく、市役所出張所の建物が見えてきました。


 かつては、全部、政府の庁舎でした。


「あれだね。」


 ぼくが、言いました。


 結構、大きいのです。


 親分は、無言でその広い駐車場に乗り込んでゆきます。


「裏側に、公用車の駐車場があるんだと。」


「しっかし、こんな広い駐車場、誰が使うのかしらね。」


 番長が言いました。


「あんた、何か見えるの?」


 しかし、お嬢は首を横に振りました。


「いまは、誰も見えない。まったく、静か。」


「やってるのかなあ・・・」


 王子がそうぼやいたのは、無理もありません。


 ぼくたちの自動車は、公用車が何台か止まっている裏側の駐車場に入りました。



 *****   *****



 それから、各自小さな手提げかばんを下げて、正門に回りました。


 まったく、誰もいません。


「何か、ちっとは、いそうなものを・・・」


 番長がつぶやきました。


 そのとき、向こうで自動ドアが開きました。


「あああ・・・・」


 お嬢がうめきました。


「どうしたの?」


「いやあ・・・・・、あとで言う。」


「はあ・・・・」


 お嬢は、非常に慎重な人間なのです。


 ぼくたちが近寄ると、その自動ドアは、また簡単に開きました。


 人間にもちゃんと対応しています。


 さすがは、我が市役所です。



 **********   **********



 入口には『受付・ご案内』という看板がぶら下がったブースがありました。


 ぼくたちが近寄ると、きらきらと光が飛んで、案内の女性が姿を現したのです。


 それは、まあ、美しいとはいえ、見た目は、ごく普通の人間でした。


 でも、人間は、こうした登場の仕方はしませんよね。


「いらっしゃいませ。」


 彼女は言いました。


「あの、本庁から来た面接会応援班ですが・・」


「ああ、いらっしゃいませ。では、総務課にどうぞ。三階でございます。エレベーターはあちら。階段はこちらでございます。」


「ああ、はい、どうも。」


 ぼくたちは、階段を上りました。


 ちょっと、二階も見たかったので。

 


 **********   **********














 
























 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る