第49話:決着

 妹妖怪を抱きしめた俺は、そのまま一度大きく息をついた。


 俺は、何を余計なことをうだうだと考えていたのだ。簡単なことだ。


「……妖怪であることを捨てるな。妖怪の誇りを捨てるな。俺は、人間が嫌いだ」


 優しくされたい、怖がられたくない、嫌われたくない。それがこの妖怪の望みなら、俺が受け入れればいい。妖怪に限った話だが、既に一度、受け入れるという拷問は経験している。この妖怪が妖怪だからこそ、受け入れられる。


「でも、私はたくさんの人を殺しちゃったよ……」


 それは事実だ。この妖怪は楽しませるために霧を撒き散らし、結果として里の者全員の死をもたらした。さしずめ、善意の極悪人とでも言ったところか。ならば。


「ならば償え。方法は分からんが、俺と一緒に探そう」


 俺は、何を言っているのだろうか。ともに償うとは、犯した罪ごと受け入れるということだ。以前の俺なら、こんなことは絶対に言わなかっただろうに。何故俺は今、こうも穏やかでいられるのだろう。


 さすがに二度目ともなれば、耐性もついたというところか。少女と恋仲になった意味は、確かにあったわけだ。そう思うと笑えてくる。


「……浮気ですか?」


 俺の恋人であるところの姉妖怪が、冷ややかな目で此方を見ていた。


 少女の恋人であるところの俺がその妹と熱い抱擁を交わしているのだから、当然といえば当然なのだが。


「……どうしろと」


 他にどういう手があったというのだ。自分で言うのもなんだが、捨て鉢だった割りに結果は上々だと思う。それよりも、真面目にやった行動は悉く裏目に出たのに捨て鉢にやるだけやってみたらうまくいった、というのは精神的に堪える。


 なんというか、俺の趣味であるところの余計な思考が本当に余計でしかないとつきつけられている気がするのだ。


「私には、そんな優しい気持ちを向けてくれたことはなかったのに」


 頬を膨らませた少女の主張も、分からなくはない。


 なにしろ少女を受け入れたときの俺は、その苦痛に悶絶するばかりで少女を気遣うなどとは発想すらしなかったのだ。自分でも驚くほど穏やかに妹を受け入れてしまった以上、反論のしようなどある筈がない。


「お前は人間らしすぎる」


 だが、多少の言い訳くらいは許されると信じたい。今回受け入れたのは俺の大嫌いな『人間』ではなく、ほぼ完全な妖怪だ。少なからず、受け入れやすさに違いは出るというもの。


「うぅー。理不尽です」


 受け入れられるために妖怪を捨てた結果がこれでは、確かに理不尽というものだろう。俺も少女も、目的をもって行動すると裏目に出るという意味では似たもの同士なのかもしれない。


「お姉ちゃんはお兄ちゃんの妻なの?」


 浮気という言葉から察した(というより誤解した)か、妹が俺から離れる。


「そうよ」


 そして姉は、堂々と嘘をついた。心を読む能力の持ち主同士がこれでは、心が読めない人間が欺瞞に満ちた存在であるのはむしろ当然である。


 当然? あれほど嫌っていた人間の汚点を、今俺は当然といったのか?


「はぁ……」


 俺は情けない溜息を吐き出した。


 清濁併せ呑む度量を得たと喜ぶべきか、厳格さを失ったと悲しむべきか。いずれにせよ、この少女は俺をこれほどまでに作り変えたらしい。さて、恨むべきか感謝すべきか。


「じゃあ、私は妾ね!」


 悩む俺をよそに、妹妖怪が訳の分からないことを言い出した。


「……もう好きにせーや」


 俺は二人をその場に放置し、朝食の用意をすることにした。

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