第48話:悲嘆
いじけて行動不能になった俺に代わり、姉妖怪であるところの少女が妹に尋ねる。
「ところで、どうしてここに?」
確かに、何故今まで里をうろつきまわっていたはずの妹がこんな森の中にわざわざ足を向けたのか、考えてみればおかしい。
「お兄ちゃんとお話がしたかったの」
「……俺と?」
膝を抱えたまま、俺は首だけで振り返った。
まさかこの妹妖怪が俺に用があるなどとは、想定外にもほどがある。だが、これは好機かも知れない。俺とこの少女の当面の目的は、この妹妖怪の説得だ。
自身に自らの力を『捨てずに封印』させるという極端に困難な内容ではあるが、ひとまず対話の土俵には向こうから立ってくれた。それだけでも好機だ。
「うん。私の霧は、誰も幸せに出来ないって、お兄ちゃんは言ったよね?」
どうやら、以前俺が言ったことが気になっているらしい。うまく言いくるめられるか?
「それは正確ではないな。俺は、壊滅した里こそが答えだと言った筈だ」
話術には、全くもって自信がないのだが。
「あまり変わらないよ。今の人里を見て幸せだとは私だって思えないもん」
いや、言いくるめるまでもなかったらしい。既にこいつは、自分のしでかしたことがどういうことなのか理解している。
「なるほど。誤解があるようだな。目先の快楽を幸せと呼ぶならば、お前は確かに人を幸せにした。だが、お前の与える幸せはそのすぐ後ろに破滅がある。それこそが望みなら、好きなだけ霧を撒き散らせば良い」
「じゃあ、どうすればよかったの? 私は、ただ……」
あとは賭けだ。こいつが力を捨てると決断する前に……前に……どうすればいいのだろう?
「ただ、なんだ?」
立ち上がって妹妖怪の肩を掴みながら、思考を疾走させる。
「私……私……」
妹妖怪が混乱している間に考えろ。どうすればいい? どうすれば、俺はこの妖怪を救える? ……救う? 俺は何を考えているのだ?
「お前は、何を望んでいる?」
俺は、何を訊ねている? 望むものを与えて、それでどうしようと言うのだ?
そんなものは、俺の自己満足に過ぎない。ただの偽善だ。自慰行為だ。そんなものに意味はない。それなのに、何故。
……自覚はしていなかったが、少女と恋仲になったことは多少なりとも俺を変容させていたようだ。俺にとって、不愉快な方向へ。
「私、優しくされたいよ! 怖がられたくない! 嫌われたくないよ! お姉ちゃんばっかりずるいよ! 私だって、妖怪を捨てて、人間みたいに……」
「駄目だ!」
悲痛な叫びを上げる妹妖怪を、気付けば俺は力任せに抱きしめていた。
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