第47話:決戦
「起きろ」
翌朝、まだ布団の中で寝息を立てている少女の肩を揺する。
「くぅ……くぅ……」
駄目だ。まるで意に介していないかのように、気持ちよさそうな寝顔で寝ている。
「よし、実力行使だ」
少女を起こすために時間をかけるつもりなど毛頭ない。つまり、起きるまで根気よく肩を揺するような無駄なことはしない。
俺は少女の華奢な体を抱え上げ、縁側から庭に向かって放り投げた。
「ぴゅべっ!?」
奇怪な悲鳴を上げて、少女が目を覚ました。
「よし、起きたな。早速はじめるぞ」
庭に下りた俺は、妖刀を取り出した。朝日にさらされて煌く白刃は、斬り裂くことへの抗いがたい衝動さえ感じさせる。
「ひ……」
俺が一瞬刃に見入った時、少女の顔が引きつった。
その顔には、見覚えがある。自分から妖刀を俺に渡したくせに、この少女は妖刀を持っている俺に凄まじい恐怖を見せるのだ。
「……何故こういう時に限って心を読まないのだろうな」
この調子ではいつになっても肝心の修練が始められない。
俺は妖刀を鞘に収め、少女のそばに屈み込んだ。
「いい加減目を覚ませ。時間の無駄だ」
その時、濃霧が俺の視界を覆った。手を伸ばせば届く位置にいる少女の姿すらかき消す霧は、さながら純白の暗幕。
もともと山で方向感覚を狂わす霧の妖怪の、本領発揮といった所か。
「お姉ちゃんをいじめるなー!」
そして聞き覚えのある声が俺の耳朶を打つ。同時に、ひ弱な少女の拳がぽかぽかと俺の胸を叩いた。言うまでもなくその正体は俺の倒すべき妖怪、少女の妹。
神出鬼没にもほどがある。今まで里に留まっていたはずの妖怪が、霧の位置の観察を怠った今朝に限って里を離れ、よりにもよって俺の家に現れるとは。
「いじめてなどいない」
「じゃあなんで今朝に限ってそんな乱暴に起こすの!? いつもはお姉ちゃんが起きるまで放っておいてるのに!」
「どうして、それを知っているの?」
俺の胸倉を掴む妹妖怪の言葉に、姉妖怪が疑問を投げる。
「いつも見てたからだよ」
それでは答えとしてあまりに不十分だ。
霧の濃い場所は常に里にあったし、今も、この少女の接近と時を同じくして霧が急に濃くなった。つまり、この少女がここに来るのは今が初めての筈なのだ。
「霧の濃い場所はいつも里にあった筈だが、どうやって見ていたと言うのだ?」
まさか、霧の中心にいるという俺の予測自体が間違っていたのか? そのわりには、霧の濃い場所に向かえばいとも容易く接触できたような気がするが。
「この霧の中で起こったことは、全部分かるんだよ」
次の答えは、十分に納得できるものだった。
しかし霧のある範囲のことは全てお見通しというのはなんとも豪勢なことだ。さすがはかつて神とまで呼ばれた妖怪、といったところか。
「なるほど。では、お前の姉が夜毎に俺の布団に潜り込んでいたことも知っているわけだ」
「お兄ちゃんが最近お姉ちゃんに暴力を振るうようになったこともね」
本当になんでもお見通しらしい。
「それは違うわ」
だが、暴力の被害者であるところの姉妖怪には、そこに異論があるようだ。
「違わないもん」
「あれは……そ、そういう趣向の性的交渉なのよ!」
自分で『達した』とか言っていたし、本当にそう思っているのかもしれない。物凄く嫌だが、無理に訂正して話をこじらせるのは得策ではない。
「言われてみればお姉ちゃんも不自然なくらい無抵抗だったし、そうなの?」
妹妖怪が確かめるかのように俺に視線を向ける。
「……もうそれでいいです」
俺は、その場に膝を抱えて座り込んだ。
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