第45話:心構え
少女の嗚咽が止まるまで、どのくらいの時間がかかっただろうか。
その間ずっと少女を腕の中に抱き続ける必要は無かったはずなのに、それに気付いたのは落ち着いた少女がもぞもぞと動き始めたときだった。
「あの……抱きしめてくれるのは嬉しいのですが……その……」
少女がそんなことを言ってくるまで抱きしめていたこと自体を忘れていたので、仕方ないといえば仕方ないのだろう。
「ああ、済まない」
このような状態では着替えもままならないことに異議はない。
俺はすぐに少女から離れ、背を向けて座った。
「そこで、『もう少し』って言ってくれるだけでも嬉しいんですよ?」
くだらないことを言っている少女は無視しておいた。
「……恋人らしいことをする気は微塵も無いようですね」
衣擦れの音に紛れて少女の溜息が聞こえてきた。
「ああ、無い」
心を読まれてまで嘘を突き通すような無益なことはしない主義なので、即答する。
「落ち着いたと思ったら、結局振り出しに戻っただけですか」
もう一度、少女はため息をついた。
振り出し、か。ようやくここまで戻ってきたという感覚の俺と進んでいないことを嘆く少女では、同じ振り出しでも認識が違いすぎる。
やはり分かり合おうなどという無駄な努力は、やめたほうがいいのだろう。
「振り向いてくれないんですか?」
ぼーっと座っていた俺に、少女は背後からそんなことを言ってきた。
「着替え終わったのか?」
訊ねながらも、俺は答えをとうに知っていた。
背後の衣擦れの音は、まだ止まっていないのだから。
「終わらないうちに振り向いてこそですよ」
不服そうな少女の言葉の意味が、まるで理解できない
「お前は何を言っているんだ」
着替え終わる前にこそ振り向けというのはどういうことだ。
「恋人としての心構えの問題です」
「恋人というより変態の心構えだろう」
この少女の思考は、心底理解に苦しむ。
「分かっていませんね。好きな人だからこそ、いけないと思いながらもついつい見てしまうのが男の性というもの」
「それを何故女のお前が語る」
人間の寿命など比較にならぬ齢の妖怪の思考を、一人の人間に過ぎない俺が理解しようということ自体に無理があるのだが。
「細かいことは気にしないでください」
「ならば、恋人としての心構えなどという些細なことも気にしないことにしよう」
「……意地悪」
しかし、時折外見相応の少女にも思えてしまうのは、どういうわけなのだろうか。
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