第43話:決意

 少女の髪を梳かしながら、俺はこれまで考えたことも無い将来を考えていた。


「俺が生きている間は、お前の髪は俺が梳かそう」


 何の目標も気概も無く日々を送るただそれだけの筈だった俺が、そんなことを考える。それが既に異常なことのはずなのに、俺はそれを、さも当たり前のように感じていた。


「それが愛の言葉に聞こえてしまうのは何故でしょうね」


 少女の言葉が、その答えなのだろう。


「似たようなものだ。形はどうあれ、俺はお前に一生を捧げると言っている」


 愛かどうかはともかく、既に少女は俺にとって生涯をかけるだけの存在になっている。そういうことなのだろう。


「愛しているとは、言ってくださらないのですね」


 しかし少女は、愛という言葉に拘泥していた。そんなもの、俺に分かるとでも思っているのだろうか。


「確信がない」


 自分でも疑ったまま愛しているなどと軽々しく口にしたところで、心が読めるこの少女相手には無意味でしかない。


「恋人相手に、あなたは正直すぎます」


「嘘をついて欲しいならそう言えばいい」


 俺は心が読めない。この少女は心が読める。俺達の関係はその差を無視するわけにはいかない。そんなことは、少女だって分かっている筈なのに。


「そういうことじゃないんですけど」


 それなのに、少女は不満げに頬を膨らませた。


「面倒な女だ」


 俺は、息を深く吐き出した。


「面倒ではない女がいるとでも?」


 それを女であり、長きに渡って人間を見続けてきたこの少女が言うのだから、反論のしようがない。


「女どころか男にもいないな。だから俺は隠遁している」


 付け加えるべきことには、心当たりがあった。


「よく分かっていらっしゃるようで」


 何より、その事実があったところで俺の目の前にいる少女の面倒さは毛の先ほども減ずることはない。


「その俺にわざわざ関わるお前が飛びぬけて面倒な女だという事実は小揺るぎもしないのだがな」


「酷いです」


 ぼやく少女の背中は、不満の他になにかを訴えているような気がした。


「こんなところか」


 ちょうど少女の髪を梳かし終えた俺は、少女の頭をぽんぽんと叩いて立ち上がった。


 今日はもう寝るとして、明日はもはや誰も生き残っていない里に下り、盗人を働くとしよう。


 許せ里の衆。俺はまだしばらく、この里に残る。

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