第40話:純愛
久々に物を食った俺は、些かの気分の悪さを感じていた。数日の断食の後にいきなり物を食えばそうなるのは当然なのだが、それとは無縁の気分の悪さが混じっていることに、幸か不幸か俺は気付いてしまった。
……少女は、どこにいる?
「大丈夫。私はここにいますから」
腹が膨れたことでまた暴力的な衝動が込み上げてきた。無意識に少女を探していたのも、恐らくは、いや確実に、殴るためだろう。
そして俺の心を読めているはずの少女はそれをまるで意に介さないように、また背中から俺に抱きつく。妹妖怪然りこの少女然り、どうやら妖怪姉妹はこの姿勢がお好みらしい。
「離れろ」
少女を引き剥がした俺は、まるでそうすることが当たり前のように左手で少女の肩を掴んだまま右の拳を引いた。
そして、その拳を振り抜く前に自分が何をしようとしているのかに気付く。それだけが、少女を徹底的に殴ってから自分が何をしたのかに気づいた、ここ数日との違いだった。
「殴っても、いいんですよ?」
右拳を開く俺を見て、少女はやはり俺に微笑んで見せた。殴っても殴らなくてもその顔を見なくてはならないのなら、俺はどうすればいいのだろう。
「嫌だ」
俺は少女の誘いと、己の衝動を拒絶した。
やってみれば案外簡単なもので、長く息を吐く間に、衝動はなりを潜めていた。
「本当に、発作的に暴力的になって殴っていただけなんですね」
何故か、耳元の声は少しばかり悲しげだった。
「……何故残念がる」
「その……殴られている間に……達してしまいまして。め、目覚めてしまったんです」
聞かなかったことにしよう。
「とにかく、俺はもうお前を殴る悪夢や斬る悪夢を見たくない。被虐の快楽は我慢してくれ」
少女は、何も言わなかった。
「何故、腕に力を込める?」
俺を抱きしめる力を少しばかり強め、震えていた。
「はじめて……」
何を言おうとしているのか、何を考えているのか、全く分からない。
分かるわけがない。
俺は、この少女ではないのだから。
「はじめて、私に求めてくれましたね」
「そう、だったか?」
だから、俺は間の抜けたことしか言えなかった。
「そうですよ。我慢してくれなんて、今まで言ってくれたこと、ありませんでしたよ」
そういえば、今までは諦めろとしか言ってこなかった気がする。
嫌ならとっとと俺を見限って失せろ、などと考えながら。
「泣いているのか?」
つまり、俺はこの少女を受け入れてしまっているのだろう。
「どれだけ……聞きたかったか……」
それをここまで喜ぶ少女の思考は、理解できないままだが。
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