崩壊編
第34話:相愛
いつも通りの朝、だと思っていた。
布団に潜り込んでいた少女を引き剥がし、朝食の用意をして少女の目覚めを待つ間に里の周りを歩き霧の濃い場所を見定め、少々という程度だが素振りをし……そして、少女の妹を殺す手段を思いつかないまま家に戻る。
なにしろ、確実に両断した筈、刃が奴の体を確実に通過した筈の昨日でさえ無傷で逃げられたのだ。奴の存在はまさに霧のように捉えようがない。剣術などここ数日で妖刀から習っただけの俺には、荷が勝ちすぎる相手だ。
そんなことを考えながら帰宅したとき俺の目に飛び込んできたのは、家の中で何かを探し、それを諦めたかのようにため息をつく少女の姿だった。
「……決心した矢先にこれなんですから……」
「何を決心したというのだ?」
「ひゃっ!?」
俺が尋ねると、少女は奇妙な声を上げた。驚いたということは、何か後ろめたい探し物でもしていたのだろうか。
「……盗んで役に立つものがあるとは思えないのだが」
金目のものを盗み出して逃げる決心をしてくれたのなら、生憎と言わざるを得ない。このあばら家には、俺が暮らす上で必要な道具が乱雑に散らかっているばかりである。
「いえ、借りようと思っただけで盗もうとまでは。無断ではありますが」
後ろめたさは無断ゆえのものか。とはいえ、少女が起きたときに俺はこの家にいなかったのだから責めるつもりもない。
「そうなのか。何を探していた?」
「硯箱と紙です」
つまり、何か書くつもりだったのか。符の類だろうか。
「ここにはないな。里に下りれば……俺が居ないとすぐに動けなくなるのだったな。火急なら、取りに行って来るが」
確かに、刃で斬ることのできない、実体のない妖怪を倒すなら、符術の類で実体化させるなどという対策を講じるのは至極当然だ。和尚の他に符が作れる者など知らなかったが、確かに大昔に神とまで呼ばれた妖怪なら出来ておかしくはない。
「いえ、そこまでしていただかなくても……ふぇあ!?」
「今度は何だ?」
紙と筆以外にも、符を作るには必要なものがあるのだろうか。
「あなたには何の利益も無いのにそんな提案をしていただけたのがあまりにも、その、意外でして」
俺に利益がない、つまり、少女の妹と戦う術ではないのか。
「なんだ、お前の妹を確実に捕らえる秘策の類ではなかったのか」
では何のための紙と筆なのか。
「あなたの心を私に向ける秘策と言ったら、あなたはどうします?」
その問いの意味を間違えるほど、俺は暢気ではなかった。
「今から里中の硯を叩き割る」
言いなりになる呪いなどかけられてたまるものか。
「どうして恋文という当たり前の発想がないんですかー!?」
力いっぱいに叫ぶ少女の顔は、妙に愛らしく映った。
……『愛らしく映った』?
俺は、何を考えている?
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