第28話:自戒

 結局、私達は寺に上がりこみ、お茶などいただきつつ話をすることとなった。


「さて、何から話したものかのう」


 碁でも打とうといえば本当に碁盤を持って来そうな気安さで、老爺は此方に質問を促した。自分が聞きたいことは、彼か私がぼろを出すのを待てば十分なのだろう。


「分かる範囲全てを、可能な限り手短に」


 そして、彼は迷いなど微塵も見せず、あまりにも単刀直入に要求した。


 無茶な注文だとは思わないのだろうか。この老爺相手だから思わないのかもしれないとか考える自分が悲しい。


「そうさな……そこのお嬢さんも、今里に霧を撒き散らしておる妖怪も、等しく霧神様だということは知っておろうな」


 刹那の間すらなく、彼は首肯した。彼はその程度のことはとうに知っているのだ。


「では、それがもともと一人の、いや、一柱の霧神様であったということは?」


「さっき霧の元凶に聞いた」


 何故だろう。だんだん、この二人のほうが私より妖怪らしい気がしてきた。


「ならば話が早い。あとは概ねおぬしの想像通りじゃろうて」


 しかもあとは彼が想像しているとおりだという。それほどの洞察力なら、彼はこの老爺を苦手に思う必要はないのではなかろうか。私に言わせれば同じ穴の狢だ。


「『妖怪』をほぼ失った姉と、『妖怪』のみの残る妹」


 不均等に分かれた、もともと一つの存在。それが、私達姉妹。


 それは私の想像していたとおりの答えだった。唯一つ納得できないのは……。


「それなら、何故妹は……」


 妹の言い草からしても、『本体』は私であるはずだ。なのに、何故。


「何故、明らかに本体であって然るべき『妹』が、お前に『力ごと切り捨てられた』などと言ったのか、だな。……和尚」


 そこは彼にとっても疑問だったようだ。いや、もしもそれすら予想がついていたのなら彼は妹のその言葉を聞いてから数刻の内に結論を得ていることになり、それはそれで不気味だ。


「ふぅむ……霧神様も妖怪なら、妖怪になる前は何だったのかのう。それが分かれば、或は予想できるやも知れん」


 それでどうやって予想するのかは、恐らく私には想像できないのだろう。


 老爺の心はなぜか読めないし、彼の思考は私の読み取りが追いつかないほどに加速している。


「香の類だと推測する」


 霧の神が、何故お香なのだろうか。


「その心は?」


 私が疑問に思った時には、老爺が既に訊ねている。


「麻薬に頼る邪教。意志を持つようにのたうつ霧の中に、やがて信徒は神を見ると聞く」


「それで里の者は狂うわけか。そういえば、麓の森は薬草も豊富じゃ。土地柄とすれば、大昔の土着の宗教にそういうものがあったのやも知れんのう」


 そこで、彼の思考は失速した。つまり、それが私の、いや、私達の正体なのだろう。


「人を楽しませしかし破滅へ誘う麻薬……それでも一時の楽しみを欲する人を楽しませ続け……楽しませ、そして破滅させる妖怪として、私は……」


 かつて私に向けられた視線を、今なら思い出せる。香の中から、儀式に溺れる自分達の全てを見透かす神。快楽を与え、破滅をもたらす邪悪な神。


 その視線から、恐怖されることから逃れるために、私は妖怪を、妹を捨てたのだ。


「お前が思い悩むことではない。お前は『人』に呼ばれて虚空から這い出ただけだ。咎は、お前を呼んだ俺達『人』にある」


 言葉とともに、彼は私の頬を撫でた。人差し指の甲のみで私の頬をなぞるその動きは、涙を拭う動きに思えた。


「……ぷっ」


 噴き出したとき、私は自分が泣いていたことにはじめて気づいた。


「あははははははは! もしかして、気遣ってくれてます?」


 こんな風に笑えたのは、初めてだと思う。


「……今のは自戒だ」


 そう答えた彼は、物凄く居心地が悪そうだった。


「そういうことにしておきます」


 私は、なんだか胸の奥が暖かくなるのを感じながら、彼に向かって微笑んで見せた。

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