第24話:恐怖

 私が全てを忘れていることを知った妹は、悲しげに私に背を向けた。


「そっか。お姉ちゃんは、嫌な思い出も全部、私と一緒に捨てたんだ」


「待て」


 そのまま歩き出す妹を、彼が呼びとめた。


「なぁに?」


「お前はこの連中を支配しているのか」


 それを尋ねる意味は薄いように思える。妹が彼らを支配していることは疑いようがない。屍食鬼の動きが止まったことからも、それは明らかではないか。


「支配? そんなことしてないよ? 楽しくないでしょ? そんなの」


 しかし、妹は私の予想と反することを返す。


「では何故、この連中は動きを止めている?」


 特に動揺した様子もなく、彼は屍食鬼を指差す。


「え?」


「……気付いていなかったのか?」


 今まで気づいていなかったらしい妹の反応は予想外だったのか、彼は些か動揺した様子で質問を重ねる。


 妹はそれ以上に動揺し、屍食鬼のうち一体に駆け寄った。


「ねえ、おじさん、どうしたの……ひっ」


「どうした?」


 怯えた表情で屍食鬼から離れて尻餅をついた妹に、彼はその場から一歩も動かずに訊ねた。あくまで警戒は解かないつもりらしい。


「し、死んでる……」


 屍食鬼が動かなくなったのは、死んだかららしい。何故倒れなかったのかということについては疑問が残るが、死因については予想がつく。


「そういえば、霧の原因はお前だったな」


 彼も、同じ結論に至ったらしい。


「どうして、それで死ぬの? 私の霧は……」


「この壊滅した里が答えだ」


 彼は冷徹に、冷酷に、ただそれだけを答え、私に目を向けた。


「まだ説得したいか?」


 そのあまりにも冷酷な声に、私は恐怖を抑えられなかった。


 殺される。面倒を厭う彼のことだ。妹に自分のしたことを理解させる努力などするはずもないし、改心させようなどとは考えるはずも無い。


 私を見る目も、怒り、憎悪、嫌悪すら存在しない、たた邪魔をされると面倒だから確認するというだけの意志しか映していない。自分の邪魔になるものを、さながら蚊を叩くように排除する。それだけだった。


「ひ……いや……」


 私は、無力な少女のように震えた。


 それは昨日のような、誰かの恐怖を読んだゆえのものではなく、間違いなく私自身の恐怖だった。彼の目から伝わってくる、憎悪すらしていない純粋な悪意に、私は怯えていた。

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