第23話:忘却

 突如現れた声の主が屍食鬼を支配下に置いていると判断したのか、彼は構えを解いた。事実、その声が聞こえた時から屍食鬼の動きは止まっている。


「俺は会いたくなどなかったが、俺の横にいる少女はお前を探していた」


 私は、はじめその声が彼の妹のものだと思った。彼に妹がいるかどうかを聞いた覚えはないが、少なくともその声が彼を兄と呼んだことに違いはない。


 が、一瞬とはいえそう考えたのは失態だった。


「お姉ちゃんが?」


 彼におぶさるようにして後ろから抱きついている声の主は、私の妹なのだ。妹の声を聞き間違えるなど、姉としてどうなのだろうか。


「ええ」


 確かに私は妹を探し、その手段として彼に助力を仰いだ。


「なんで?」


 妹は彼の背中から下り、私に不思議そうな顔を向ける。


 何故? そんなこと、決まっている。びしっと指を突きつけ、宣告する。


「あなたを止めるためよ! ……ええと……」


 なんとも締まらない。


「……お前、まさか」


 彼が、さながら激しい腹痛でもこらえているかのような顔を私に向けた。


「……そのまさかです」


 気付かぬうちにくだらぬ冗談を言ってしまった時とは異なり、私は俯いて肯定するしかない。自分でも、まさかと思った。


「俺の言えたことではないが、姉としてはどうなんだ?」


 全くである。


「妹の名前を忘れるなんて、確かに姉失格です……」


 自分が何の妖怪だったのか忘れていたことより辛い。


「お姉ちゃん、何言ってるの? 私に名前なんてないよ?」


「そもそも名無しなのか」


 首を傾げた妹の言葉に、妖刀を持つ彼が何かを納得した。


「だって、私はお姉ちゃんから切り捨てられてすぐ、名前なんて付けてもらう前に封印されたもの」


 忘れている私を責めるように、妹は自分に名前がない理由を告げる。


「切り捨てた……?」


 その意味を、私は理解できなかった


「もともとお前とこの少女は同一の存在だった、ということか?」


 何故、事情に詳しくないはずの彼が私より先にそういう結論を導き出せるのだろうか。


「お兄ちゃん、どこまで知ってるの?」


 妹の反応からするに、彼の言葉は少なくとも事実の一側面を言い当てているようだ。


「ほとんど何も知らんな。だが、どうやら俺は無駄な推論を延々と積み重ねることが趣味だったらしい」


 彼は確かに自身で無駄と称する推論の積み重ねによって、私では思いつかなかった事実に辿り着いている。しかし、それを趣味と言うのはどうなのだろうか。


「……お姉ちゃんは、私がどうやって生まれたか忘れちゃったんだ?」


 失望したように、妹が私に尋ねる。


「……封印される前のことは、ほとんど何も覚えていないわ」


 私は妹を含め、何もかもを忘れていた。

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