第22話:霧神

 彼の策には、一つ問題があった。


「できますよ……しかし」


「面倒があるのか」


 言葉を濁すだけでそれが伝わる程度には、彼は他者とのやり取りに順応している。挨拶すらまともに交わせなかった当初からたかだか数日でここまで変われるとは、人間というものは本当に適応が早い。


 あくまで、表面上の変化の話だが。


「私と一緒に妖刀を握ってください」


「面倒だな、それは」


 言いながら、彼は右手で持った妖刀を此方に差し出してくる。


 握れ、ということだろう。それでどうにかなると、私がどうにかすると確信している。人と接する機会の少ない彼は、言葉を発する機会の少ない彼は、嘘というものの存在を失念する傾向にある。その必要が全くと言っていいほどないゆえに。


 彼が発する言葉の重みは、私などよりずっと重いのだ。


「受け取ってください……私の想い」


 誤解を招きそうなことを言いながら、私は彼の手に自分の手を重ねた。


 私の念で、彼の念を制御する。彼の、本来なら雑念となる『邪魔するものを排除する』ことに対する強念を、そのまま炎に変換すれば――。


「……凄く嫌だ」


 そして、彼はどうしようもないほど正直だ。


 自分の『理不尽で自分勝手な』怒りを『破邪の(つまり正義の)』炎にされることへの不快感がありありとわかる。


 悪鬼である自分を英雄に仕立て上げようとする私への名状しがたい嫌悪が、嫌というほど、読める。そしてその嫌悪は、私の念すら容易にかき乱す雑念。


 いや、違う。彼の嫌悪を受けて、私の中に得体の知れない雑念が生じている。


「このままでは……」


 私が言いきる前に、彼は妖刀を私の手から引き剥がし、構え直した。


「足並みの揃わぬ共同作業がうまく行くなどとは思っていない」


 どのような原因であれ、私との連携がうまく行かないことは予想していたということだろう。その上で一度は私に機会を与えたのは、単なる棚から牡丹餅狙いだ。


「逃げる時間も逸しましたね」


 私が余計なことをせず撤退を進言していれば或は逃げ切れたかもしれないのだが、もはやそれがかなう間合いでも無い。


 私の言葉を認識したとき、彼は包帯の巻かれた左手で顔を覆った。


「……何故、最初に思いつかなかったのだろう……」


 そこで考え込まないで欲しい。


 私も彼と同じように顔に手を当てた。


「あなたという人は……」


 しかし逃げる機会を逸し、私の提案も無駄に終わった以上、彼が3人もの屍食鬼を無事に撃退できることを祈るか他の策を早急に練る必要がある。


 このままでは、私も彼も……。


「お兄ちゃん、会いたかったよ!」


 状況にそぐわぬ声が、私の思考を阻害した。

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