第19話:無駄

 数分後、悶絶するほど荒れ狂っていた羞恥と後悔を噛み砕いて胃の腑へ落とし、彼は立ち上がった。


「……行くぞ」


 その言葉が自分に向けられていることに、はじめ私は気がつかなかった。彼の心も、私への呼びかけというよりは彼自身への叱咤の意味を強く意識していたから。


「……おい、行くぞ」


「あ、済みません」


 もう一度呼びかけられてようやく対象が自分でもあるということに気付いた私は、泡を食って立ち上がった。


「あの、どちらに?」


 家を出る彼を追いかけながら訊ねる。


「お前の妹を探す以外に何がある」


 苛立ったように彼は答えた。事実、苛立っているようだ。


「随分と、やる気なのですね」


 昨日は私を置いて引っ越す気でいた彼が、何故自分からそんなことを言い出すのか。読んでみても、明確な答えはない。見えるのは、不愉快さに満ちた諦観だけ。


「誰の所為だと思っている」


 言うまでもなく私の所為だ。


「あの、そこは『お前のためだ』と言ってくださるほうが嬉しいのですが」


 彼の中で一瞬間、怒りが鎌首をもたげた。


 が、またも彼は諦めた。怒ることを、自分の感情を相手に伝えることを、あっさりと諦めた。まるで、誰も理解してくれないのだから無駄だと言わんばかりに。


「おまえのためだ」


 言ってくれるとは思っていなかった。全く気持ちは込もっていなかったが。


「何故でしょう。あまり嬉しくないです」


 彼は、疲れたようにため息をついた。


「面倒な女だ……ってぉおい!?」


 らしくも無い奇声をあげる彼を見上げる私の顔は、きっと間抜け面と呼ばれる類のものだったのだろう。なにしろ。


「いかがされました?」


 と首を傾げた私は――。


「服は着てから来い」


 何も身につけてはいなかったのだから。


「え……きゃあっ!」


 その場にしゃがみ込み、腕で体を隠しても焼け石に水だ。


 そんな私とは対照的に、彼は実に冷静だった。


「……外で待っている」


 あれだけ乱暴に服を脱がせたくせに、着せてはくれないらしい。


 着せて欲しいという訳ではないのだが、もう少し優しくしてくれてもいいはずだ。


 ……私は、彼に何を期待しているのだろう。彼と出会ってからの私は、なんだか変だ。封印されている間に狂ったのか、それとも、彼が私を狂わせたのか。


 考えるだけ無駄だ。どうせ、考えても分からない。

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