第18話:悪戯
私を拭うのをやめ、手拭いを湯に浸す彼を横目に、私は服を整えないまま体を起こした。なお、彼の手は少しばかり赤く腫れている。熱湯による火傷だ。
「どうして、私に手当を?」
自分で言うのもなんだが、彼には私を助ける理由などない。むしろ、私が死んでいなくなるならそれでもいいとさえ考えていたはずだ。
それを、火傷を負ってまで傷を案ずる理由は全く分からない。彼の心も、それに対して明確な答えを見せてはくれない。
「何故だろうな」
私に問われて初めて、彼は私が死んでも全く困らないことを思い出したらしい。
心が読めていなければ、わざとすっとぼけているかと思うところだが、現在の彼は真剣に自分が目の前の少女を助けた理由を探している。探すごとに助けない理由が出てくるのがなんとも彼らしい。
「助けない理由ばかり並べないでください」
とは言ったものの、見捨てない理由を思いつかなかったというだけで目の前の怪我人を手当する彼は、その点からいえばむしろ善人なのだと思う。
問題は、そういった体に染み付いた良識を一切自覚せず、心では間違いなく他者と関わることを拒んでいる、ということだ。
ところで昨日の夕方、彼はあの屍食鬼と化した女性に手首を噛まれていた筈だが。
「あなたの手首も、膿みますよ?」
刀で斬るよりよほど不潔な攻撃方法でもあるし、戦闘中の応急手当を除けば、彼はろくな手当をしていないはずだ。私が我に返って家に戻るまでの時間で手当を済ませ、眠りについたとは考えがたい。
「朝飯を作る前に手当は済ませた」
見ると、彼の手首には真新しい包帯が巻かれていた。そんなものまで常備してあるとは考えがたいが、怪我をしてから今まで、薬を調達する時間があったとも思いがたい。
「薬か? 起きてすぐ里まで降りてかっぱらってきた。薬屋の親父の死体を捜して墓を造ってやる必要があるだろうな……食われていなければの話だが」
彼は一体どれだけ早起きなのだろうか。いや、それ以前に、私はまだ質問していない。
「私の心を読んだのですか!?」
狼狽する私を見て、彼は小さく笑った。
「当たりか」
その笑顔に、少しだけ腹が立った。
「薬を塗るぞ。もう少し動くな」
彼が手にしているのは、血止めではなく化膿を防ぐ類の、毒消しのような薬だろう。
ところで、彼は何故人間に対する手当を妖怪の私に施しているのだろうか。読んでみると、どうやら彼は私が妖怪であるということを失念しているらしい。
彼にとっては妖怪だろうと人間だろうと、他者である、という以上のことは基本的にどうでもいい。だから、意識に留めておくことをしないのだろう。
さらに言うなら、私の外見は年端も行かない人間の少女となんら変わらない。
「私は妖怪ですから傷口が膿む心配はないのですよ?」
彼の顔の変化は、見物だった。
「……つまり、俺は」
自分のしたことを、彼はようやく自覚したらしい。
「はい。いたいけな少女の服をこれといった意味もなく無理やり脱がせその柔肌を手拭い越しに撫で回した挙句直接撫で回す気満々の変態、ということになりますね」
私は、彼ににっこりと微笑みかけた。
頭を抱えてその場にうずくまった彼が何を思っているのか、読む必要はないだろう。
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