第12話:生還
少女は、夕刻まで目を覚まさなかった。
下手に動かすわけにも行かず、ただ滅びた人里の片隅で少女の覚醒を待つ時間は、これまで以上の拷問だった。
俺に斬られる直前の少女の行動が、あまりに不可解だったばかりか、何故俺がこの少女を助けようとしているのか、全く理解できなかったからだろう。
不可解なものを前にすると無駄と知っても考えずにはいられないこの悪癖を、今日ほど恨みに思ったことはない。
日が落ちかけた頃、霧に狂わされては体力も無意味に消費するだろうと握っていた手の指に少しだけ力がこもったのを、俺ははっきりと感じた。
「起きたか、帰るぞ」
この少女も妖怪だ。簡単には死ぬまい。
俺は少女から手を離し、立ち上がった。
「済みません……」
満足に立ち上がれなかったのか、俺に縋りつきながら少女は謝罪した。
「鬱陶しい。謝るな」
肩を貸しながら、俺は吐き捨てる。
何をしているんだ、俺は。この少女を助ける理由など無いはずだ。
斬ったあと、放っておけばよかったのだ。そうすれば、高い確率でこの少女は死に、俺は望みどおりもとの静かな生活に戻れる筈だった。
多くの人間が死んでいる今の里の近くで元通りの生活が出来るとは思わないが、少なくとも一人での生活に戻れる筈だった。
欲していたものが、手に入る筈だったのだ。
「済みません……」
謝るなと言ったはずだが、まあいい。今は、それより聞くべきことが幾つもある。
「何故邪魔をした」
俺に刀を渡しておいて、その刀で己が斬られるなど、どういう冗談なのだ。冗談でないのならなおのこと。
妹を殺されることが嫌なら、俺に刀など渡さなければよかった。殺害もやむなしなどと、思ってもいないことを口にしなければよかったのだ。それをしておいて、何故土壇場で邪魔をする。
「私、あなたを騙していたんです」
「この刀が人を傷つけないことを黙っていたことか」
少女の妹が後ろから抱きつくように話しかけてきたことを考えれば、自分ごと刺すという選択肢は十分にありうる。
自分が傷つかないことを知っているか、心中する気なら。少女が妹の行動をある程度理解していたとするなら、刀のことを黙っていたのは頷ける。俺自身、怒りに駆られていなければ心中など絶対にしない筈だった。
「それは間違いです」
間違いか。つまり、この刀は人に傷をつけない類の刀ではない。ならば。
「なるほど。これは人を取り込む妖刀だったのか。そして本来、俺はお前の妹に勝てるはずはなかった」
妖怪の本質はその現象。つまり概念だ。いかな利刀も、自分自身を断つことはかなわない。俺が妖刀の一部なら、妖刀は己自身である俺を斬ることはできない。
「……そこまで、分かっていたのですか?」
なるほど、今度は正解に近いというわけだ。
「いや、今思いついた。そしてお前の予想を裏切り、俺はお前の妹を殺せる状況を掴んだ。だからお前は俺の邪魔をしたというわけだ」
人の一生より遥かに長く生きている妖怪にも、見通せないものはあるというわけだ。
「その、通りです」
確かに俺は少女を出し抜いた。焦燥からの逸った行動ではあったが、少女より早く少女の妹に接触したうえ、少女の予想を凌駕して少女の妹をあと一歩で殺せるところまで来た。今回の行動は、途中まではこれ以上ないと言っていいほどうまくいった。
最後の一歩を除いては。
しかしもう一度同じようにうまくいくと考えるほど、俺は楽観的ではない。結果的には、ただ状況をより面倒にしただけ。……最悪だ。
「……面倒だ」
短い付き合いで済むと思っていたが、いささか長くなりそうだ。
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