第11話:心中

「俺と一緒に、地獄へ逝こう」


 俺は、自分の腹に刀を突き立てた。


「かはっ……」


 どうやら、俺の肩に顎を乗せるようにして後ろから抱きついていた妖怪には狙い通りに刺さったらしい。吐き出された血が、俺の体を濡らす。


 それはいい。問題は……。


「どういうことだ?」


 俺自身が、痛みを一切感じていないということだ。刀を抜いてみれば、刃先に妖怪のものと思しき血がついているだけ。腹を撫でてみても、傷らしい傷は指先に触れない。


「傷がない……お姉ちゃんの刀……なの?」


 間合いが開いたことで俺の背中を見たのか、妖怪はそんなことを言った。


「お前が俺の思っている通りの妖怪なら、お前の姉に貰った」


 どうやらあの少女の刀、人間に傷をつけないようなものらしい。持つ者に剣術を教え、火が出せて人間に傷をつけない。一体どういう霊刀なのだ。


「その刀で、どうして私を刺すの? どうして刺せるの!?」


「お前が俺を怒らせたから、だろうな」


 悲しげな妖怪に、俺は振り返って刀を突きつけた。


「分からないよ……どうして……」


 命乞いが無意味であることは、分かっているらしい。それとも本来死を知らない妖怪の口から、死にたくないなどという台詞はもともと聞ける筈がないのか。


「理解しろというつもりはない。お前を殺せれば、俺はそれでいい」


 たった数日だったが、俺にとっては二年にも等しい苦痛の時間だった。


 少しばかり拍子抜けする終わりだが、これでやっと、あの鬱陶しい少女からも解放される。この妖怪には、ここで死んでもらうとしよう。


「どうして……こんなことに……」


「お前の招いた結末だ」


 俺は、刀を振り下ろした。


「やめてええええええええええええええええええええ!」


 刹那、何かが俺の前に飛び込み――。


「……何故だ!?」


 俺の一撃を受け止めたのは、俺が斬るつもりのなかった少女、妖怪の姉だった。


 何故お前がここにいる。何故お前が刃に身を晒す。何故お前が……。


「そんな……一度に聞かれましても……」


 妹の処遇について、殺害もやむなしといったのはお前だ。俺にこの刀を与えたのもお前だ。説得ならば試みた。お前が俺を、命を捨ててまで止める理由など、ないはずだ。


「済みません……私……」


 もういい、喋るな。


 里の薬屋、その跡地に走り、誰もいない店の棚から血止め薬をあるだけ掻っ攫う。代金など払わない。受け取るべき人間が既に死んでいる。


「済みません……」


 血止め薬をあるだけ塗りたくり、傷口が開かぬよう盲滅法に布切れで縛る。


 怪我人の手当てなどしたことはないが、これでいいことを祈るしかあるまい。


 周囲を見渡せば、すでに少女の妹の姿はなかった。

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