第9話:暴走

 翌朝、俺が目を覚ました時、布団の中にはやはり少女がいた。どうやら、布団を出したことは無駄に終わったらしい。


「考えるな……考えるだけ無駄だ……」


 これがどういう妖怪の行動なのか考えるなど無意味の極みだ。忘れ去られたこの少女は今妖怪として極めて不安定な状態にある、それだけで十分だ。


 俺は、この少女を無視していつも通りの朝を過ごすことにした。


 翌日も、その翌日も、少女は俺が目を覚ます時には必ず布団に潜り込んでいた。


 毎晩毎晩、悪戯好きの子供のように俺の知る妖怪の行動を模倣し続けた。


 初めこそ俺は考えないようにして耐えることに徹してきた。が、そんなものが長続きするはずも無い。


 関わるなと何度言おうが、まるで俺に取り憑いているかのように俺に付きまとい、不必要に干渉してくる少女を追い払う努力も、逃げ回る努力も、その全てが空振りに終わった。


 そして、俺の薄弱な忍耐力はあっさりと、当然の如く限界を迎えた。人並みの忍耐力があればそもそも隠遁などしていない。


 俺は、その意味を履き違えていた。最初にこの少女の提案を受け入れ、霧を払うために力を貸すと答えたこと自体が、致命的な間違いだったのだ。


 一週間ほど経ったある朝、俺は少女を置いて家を出た。


 もう、たくさんだ。これ以上、誰かが俺の傍にいるなどと……!


 どうせ俺に霧は効かない。俺が少女の妹を斬れば、それで終わる。それで、俺はこの馬鹿げた思考の連鎖から解放される。あの少女から解放される。


 霧は人里を中心に少しずつ広がっている。ならば霧の発生源、少女の妹は人里にいると考えるべきだ。人里に下りて、あの少女に似た少女を探せば、それで事足りる。


 人里に下りて、小娘一人斬れば……!


 何故もっと早く気付かなかったのだろう。貰った刀が妖刀だと分かった時点で、少女の妹を探し出して斬り捨てていればよかったのだ。


 最初からそうしていれば、もっと早く俺は平穏を取り戻せたのに。


 一度その結論に至ってしまえば、自分を抑えるのは不可能だった。


 具体的な方策など何も無いと言うのに、殺意に任せて闇雲に敵を求めて飛び出した俺は、或は霧に狂わされていたのかもしれない。


 返せ。返せ。


 俺の孤独を返せ。俺の静寂を返せ。俺の平穏を返せ。


 俺は、あの静けさの中で十二分に満たされていたのだ。


 あの忌々しい、妖怪の少女が来るまでは。


 だから俺は、求めるというより、奪い返すような気分だった。


「どこだ……妖怪……!」


 人里の周りにある林道を走り回り、もはや完全に機能を失った人里を走り回り、少しでも霧の濃い方へ向かう。


 霧の一番濃い場所に、獲物がいると信じて。

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