第8話:窮余

 布団にもぐり、眠ろうと目を閉じていても、なかなか寝付けなかった。


 理由など明白だ。くだらぬ思考がいつまでたっても止まってくれない。ただそれだけだ。考えるだけ無駄だというのに、俺は少女の奇行の理由を、無節操に妖怪の行動を取る理由を、己の頭で納得せずにはいられないらしい。


 考えること自体は無駄だが、眠るためにはそれしかないらしい。


 ならば、この脳髄が満足するまで考えてみるしかあるまい。


 何故俺はさして有名でも無い妖怪の行動を、ことごとく即座に理解できるのか。甘酒婆に至っては、いつ知ったのかさえ覚えていないというのに俺は即座に理解できた。それに尽きる。少女がそれを模倣しているということを含めてだ。


 いや、逆だとしたら。俺が微かにではあっても妖怪の行動だと知っているから、あの少女がそういった行動をするのだとしたら。


 例の昔話の、守り神だった妖怪が何だったのか、少なくとも俺は聞いた覚えがない。『妖怪である』事以外を忘れ去られた妖怪。もし、そういうものが存在し得るとしたら。


 袖を引く『袖引き』小僧、頬を撫でる『頬撫で』のように、妖怪と認識される行動を繰り返す、『ただの』妖怪になるのではないだろうか。


 そのうえ、あの少女はさとり妖怪さながらに人の心を読むのが得意だという。俺の認識を無意識下で理解し、それを模倣することも、不可能ではないと思えるが。


 考えていたら余計に目が冴えてしまった。これでは無意味どころが逆効果だ。


「くそっ」


 苛立ち紛れに吐き捨てて体を起こすと、布団のすぐ横に座っている少女が目に入った。


 眠れなかったのだろうか。それとも、布団の横でずっと座っている妖怪でも真似しているのだろうか。生憎とそのような妖怪に心当たりはないので、もしそうなら先ほどまでの仮説は外れということになるが。


「あなたも、眠れないのですか?」


 眠れなかっただけのようだ。さもありなん。心が読める少女にとって先ほどの俺の思考は延々と独り言を言い続けているようなものだ。同じ家の中でこれだけ喧しく独り言を呟かれた日には、俺だって眠れない。


「いえ、そういうわけでは。なぜかあなたを舐めたくなってしまいまして」


 そういうわけではなかったらしい。が、そんな妖怪の真似をされても困る。


「舐め女か。そんなことより、読めていたならお前の見解を聞きたいところだが」


 俺一人の思考では限界がある。実に不本意だが、蛇の道は蛇、妖怪のことは妖怪に聞くしかあるまい。


「私自身、自分が何の妖怪だったか覚えていません。状況から考えても、ありえない話ではない、と思います」


 その妖怪が確信を持って答えられないのなら、今答えを出すのは不可能か。答えが出なかったところで困るものではないが、不愉快ではある。


 当分、俺は余計な事を考え続けてしまう羽目になりそうだ。


 いや、余計では、ないのかも知れない。


「……俺の首筋を舐めるのはよせ」


 いつの間にか隣に寄り添い、首筋に舌を這わせてくる妖怪を引き剥がす。


「済みません」


 俺は、深くため息をついた。


「急ぎお前の妹を探し出さなくては、此方の身が持たん」


 探し出して叩き斬る。それだけでいい。説得も、試みたと言い訳できるだけの事はしよう。だが、探す手がかりは――。


 現状、無いと言わざるを得ないのだった。

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