第6話:片鱗

 少し歩くうちに、すっかり日が落ちてしまった。どうやら、帰宅を逡巡していた時間は相当に長かったらしい。


 まあ、通いなれた道だ。月明かりがあれば事足りる。と、横から少女が提灯を差し出した。


「提灯でしたら、ここに」


 なるほど。帰りが遅いから探しに来たのなら提灯くらい用意するだろう。


 俺も行き先を告げていなかったし、もしかしたら夜通しを覚悟で探すつもりだったのかもしれない。俺のことなど、放っておけばいいものを。


 ところで折角持ってきてくれた提灯だが。


「……火種がない」


 火が灯せないのでは使いものにならない。そう考えた矢先、俺の心を読んでいたのであろう少女が提案した。


「その刀をお使いになればよろしいかと」


 妖怪から受け取った刀だ。火くらい出せたところで不思議ではないが。


「そういう使い道もあるのか」


 少なくとも、素振りをしている間、俺は一度も火が出ているところを見ていない。いささか手間取ることは覚悟しておくべきだろう。


「想像してください。鞘から抜いた刀が、炎を纏っているさまを」


 俺が使い方を知らないことを察したのだろう、少女が促すように言う。


「……こう、か?」


 よく分からないままやってみたが、どうやらうまくいったらしい。


 抜刀した俺の手には、真っ赤に燃え盛る刀があった。


「では、提灯に火を灯すとしよう」


 その最初の使い道が提灯だというのは、情けない限りだが。


「ふっ!」


 何のつもりか、少女は蝋燭に灯した火を吹き消した。


「……おい」


「す、済みません!」


 嫌がらせではないようだが、では何のつもりなのだ。


 炎の消えた刀を鞘に戻し、再度抜刀する。存外簡単なことであったらしく、望むとおりに燃え盛る刀を抜き放つことができた。


 あとはこの火を蝋燭に移すだけだ。


 ……が、また少女が蝋燭の火を吹き消した。


「何の真似だ」


 このまま訳も分からず、ひたすら炎を伴う抜刀の稽古に励むつもりは毛頭ない。仮に少女の妹と戦う際に必要になるとしても、稽古なら明日やればいい。


 帰って寝る。それが現在再優先されるべき行動だ。それは少女も、俺を迎えに来た時点で問うまでもなく同意しているはず。にも拘らず、何故。


「分かりません。何故だか提灯の火を見ると消さずにはいられなくて……」


 少女の答えは、到底納得できるものではなかった。とはいえ当人も自身の行動の理由を把握していないことを鑑みれば、これ以上の議論は無意味。結論として、提灯の使用は諦めざるを得ない。


「火消し婆かお前は……まあいい」


 もとより使うつもりは無かった。のみならず、少女がもう少し気が利かなければそもそもこの場に提灯はない。無かったものと考えればそれでいい。当初の予定通り、月明かりを頼るとしよう。

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