第5話:妖刀
数分後、俺は少女に貰った刀を携えて外出していた。
素振りをすると言って出てきたが、無論方便だ。素振りはするが、目的は少女から離れて一人になることだ。
もともと人に馴染めずに隠遁している身だ。誰かが近くにいると落ち着かない。そのうえあの少女、俺の声が気に入ったなどと言ってやたらと親しげに振舞うのだ。付き合っていられない。いっそ本当に、この刀で両断してみようか。
森の中の開けた場所で、俺は足を止めた。一人で考え事をするには誂え向きの場所だ。考え事に限らず、ここでなら何をするにも邪魔は入らない。
俺は、使ったことも無い刀を鞘から抜いた。
素振りを始めてすぐ、俺はより効率的な動きが不自然なほど理解できることに気がついた。
どこにどのように力を入れ、どこの力を抜けばよいのか。理屈ではなく、感覚で分かる。体が半ば勝手に動きを最適化していく。これならば、身のこなし方だけなら数日の内に数年の修練を積んだ者と同等のものが得られるだろう。
少しばかり素振りの手を止め、手の中の刀を眺めてみる。
刀に詳しいわけではないが、特に奇妙なところはない。
「……鴉天狗の刀は、未熟者に剣術を教えると聞くが」
この刀もその類だろうか。少なくとも俺の目には、あの少女が鴉天狗であるようには見えなかったのだが。まあ、あの少女が例の昔話の守り神なら、神秘的な刀の一振りも持っていてなんらおかしくはないか。
「考えるだけ無駄か」
俺は素振りを再会した。無駄。無駄だ。考えるだけ無駄だ。
あの少女は妹を探す。俺はあの少女の妹を斬り殺す。それだけでいい。それだけで。
あの少女のことなど考えるな。吐き気がするだけだ。
日が傾くまで、俺は素振りを続けていた。
無論、修練に熱心というわけではなく、帰りたくないだけである。
とはいえこのまま帰らなければ軒を貸して母屋を取られるということにもなりかねない。いつまでも目先の苦痛から逃げ回るわけにはいかないことは分かっている。分かっているのだが。
なかなか、足が家に向かなかった。
「……嫌なものは、嫌だ」
刀を鞘に収め、近くの木に寄りかかって座る。
今夜はここで眠ろうか。そう思っていた矢先――。
「何が嫌なのですか?」
俺は即座に立ち上がった。
「よし、帰ろう」
少女と顔を合わせてしまった以上、もはや帰らない理由も無い。
「あの、何かお気に障ることでも致しましたか」
答える気にもならなかった。
「勝手に読め」
人が近くにいるだけで不愉快だ。
確かに俺は霧を払うために協力するとは言ったが、この少女と友好的な関係を構築する必要は微塵も無い。互いの都合のために利用しあうだけで十分だ。俺の声が好きだのなんだのと不必要に干渉してくるこの少女が、俺は鬱陶しくて仕方がない。
「私は人間ではなく妖怪ですよ?」
同じだ阿呆。
内心で言い捨てて、俺は歩き出した。
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