第4話:名前

 俺が質問をやめると、今度は少女が俺に尋ねた。


「あの、仮にも共闘する仲間なのですし、名前をお教えいただけませんか?」


 実に尤もな意見だ。尤もな意見なのだが。一つ、問題がある。


「好きに呼べ。どうせ短い付き合いだ」


 俺は、自分の名前を忘れてしまっているのだ。なんとなく、自分の名前が昔から好きではなかったような記憶だけが、微かにある限りである。


 少なくともこの森で暮らすようになってからは、里に行った時も『森の』としか呼ばれた覚えがないし、それで事足りていたのだ。仕方あるまい。


「そうですか。では、私のこともお好きにどうぞ」


 俺と同じ理由ではなかろうが、少女も名乗ることはしなかった。


「そうさせてもらおう。ところで、お前の得意分野は」


 霧の力が妹に劣るなら、他の分野で優れている、ということは十分にありうる。


「人の心を読み取ることです」


 事実、得意分野はあったようだが、それでは霧の妖怪というよりさとりの妖怪だ。『人の心に関わる力を持つ妖怪』という括りなら、妹と同じ分類なのかも知れないが。


 しかし心が読めるというのは便利だ。今後は心で会話するとしよう。


「便利だからこれからは心で会話しよう、なんて考えるのはやめてください」


 何故少女が拒んだのか、理解できない。折角の得意分野を存分に発揮できる機会だというのに。


「何故って、あなたの声が好きだからです……言わせないでください恥ずかしい」


 気持ち悪ッ。


「気持ち悪いって……あんまりです。でも、この力を知って気持ち悪がったり怖がったりせずにいてくれた人は、あなたが初めてです」


 少女は言いながら、俺に抱きついた。何のつもりかは、まるで分からない。


 人間と友好的な関係を築いていたと聞いていたが、それはあくまで表面上の話でしかなかったということだろうか。


 あるいは、この少女は例の昔話の妖怪ではないのか? 守り神であったのは、人と仲がよかったのは、あくまで妹のみだった、という可能性もある。


 そもそも気持ち悪いとは思ったはずだ。実は心など読めていないのではなかろうか?


「あなたが気持ち悪いと言ったのは私があなたの声が好きだということに関してであって、心を読む力に対してではないでしょう?」


 心が読めているのは本当だと納得したから離れろ暑苦しい。それとも、また霧にでもやられたか。


「声を聞かせてくれるまで抱きつき続けますよ」


 俺は諦めて、ため息をひとつついた。


「離れろ」


「ありがとうございます」


 あっさりと、少女は俺から離れた。


「……面倒な女だ」


 とっととこの霧を晴らし、一人暮らしに戻りたいものである。

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