第3話:方針

 朝食を終えたところで、俺は当面の目的について考えることにした。


「この霧の原因を知っているといったな」


「はい」


 当然、最初にやることは情報収集だ。無論、手始めは最も身近な情報源から。


「話してもらおうか」


 少しばかりの逡巡の後、少女は口を開いた。


「……一言で申し上げますと、この霧の原因は私の妹です」


 それは、予想していた通りの答えだった。


 要するに、『愛し方を間違えた』妹を、姉が止めようとしている。


 どういう理由で妹妖怪が人間を愛し、どういう偏った考え方で愛し方を間違えたのか。何が理由で封印が解けたのか。


 この姉妖怪が事実上妹と敵対する道を選ぶに至った経緯はなんなのか。興味がないわけではないが、知ったところで役に立つものではない。俺の悪趣味な好奇心を満たすだけだ。


「霧の妖怪か。吹きかけられると感覚が狂い、山で遭難しやすくなるとか聞いたことがあるが」


 だから俺は、『敵の能力』について訊ねることにした。


「そうなんですか?」


「…………」


 凍りつく、とはこういうことだろうか。


「しゃ、洒落を言ったわけではありませんよっ!」


 どうやら本当にくだらない洒落を言ったわけではなく、偶然だったようだ。


「とにかく、里の連中はお前の妹が撒き散らした霧のせいで途方もなく感覚が狂い、山どころか人生に遭難しているわけだ」


 姉であるこの少女には酷な言い方だが、とりあえず状況を整理してみる。他にも言い方はあっただろうが、そんな気遣いができればこんなところに隠遁などしていない。


 そもそも、それが嫌で自ら隠遁を選んだのだ。同居人ができた程度で反吐が出るようなくだらぬ気遣いなど、笑止千万。


「そう、なりますね」


「お前がその霧を消すことはできないのか?」


 姉妹ならば同種の妖怪だと考えるのが妥当だろう。それが誤りでないのならば、この少女にも霧を操る力があるはずだ。とはいえ、期待はできない。


 それができれば、とうにしているはずだ。


「妹と同等の力があれば、それもできたのですが」


 返ってきたのはやはり予想通りの答えだった。


「策を弄して対抗……できていれば俺などを頼らんか」


「残念ながら」


 これも、質問というより確認だ。それができればそもそも俺の家の前で倒れてはいない。


「結論としては、お前の妹を説得するか、再度封印するしかないのか」


 結局、霧を無視して動ける俺が霧の元凶を何とかするしかないというわけだ。何の因縁も、執着もないのに。せいぜいが、自分の生活を守るためという小さな理由で。


「殺害も、やむなしと思っています」


 少女は少しばかり苦しげにそう言った。俺が気遣ったとでも思っているのだろうか。単に、妖怪を殺しきる方法を思いつかなかっただけなのだが。


「妖怪とは、封印するより簡単に殺せるものなのか?」


 俺が問うと、少女は先ほどまで影も形も見えなかった太刀を取り出した。


 どこに隠し持っていたのかは、よく分からない。


「私をこの刀で両断してみますか? 多分死にますよ」


 そうなのか。ならば何故、昔話の妖怪は殺されなかったのか。守り神だったものを殺すのは気が引けたのか。だとしたら、くだらない感傷だ。


「剣術は、得意ではない。武器はあるに越したことはないが」


 とはいえ、霧の中で動けるのは事実上俺だけだ。この少女も一度霧に狂わされかけている以上、完全にはあてにならない。四の五の言っていられないというのが本音だ。


「では、この刀は差し上げますね」


 どうせ野菜を売る里も無いのだ、しばらくは畑を耕す代わりに、素振りに励むとしよう。

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