第25話 姑息な思惑



 静まり返るある一室に二メートルは有ろうかと言う巨躯の者が佇み、

眼下の光景を見ていた。其処には鴉と黒尽くめの大柄な男が相対していた。

そして暫くした後、鴉は妖怪達共々消え去る。あちらの用事は済んだ様だな。

そう巨躯の者は思った。今回の目的は宣戦布告。

化け狐如きは処理しようと思えば直ぐに出来た。だがそれでは面白くない。

大将の思惑通りに事を運ぶには泳がすのが一番。それは狐だけでなく密偵も同じ。

無駄に動かしそれが来る事を人間共に知らせる。

そうして準備万端の暁にはぬらりひょんを超える百鬼夜行を見せてくれる。

そう強い眼差しで空を一つ目で睨んだ。


「学内でそんな大きな妖力を放たれても困ります。退治されたいんですか?」


 背後から巨躯の者へ声が掛かる。

そして振り向くと其処には端正な顔立ちで背は高く、制服を

きっちり着込んだ者が居た。それを見て一つ目を据わらせ


「出来る者ならやってみろ。例え万能の仕手とは言えただでは置かんぞ」

「それはどうですかね。で、一目入道殿の様な大物が何様ですか?」


 一目入道と言われた者は体より小さなパイプ椅子に腰掛け、膝を勢い良く叩く。

それに動じず眉一つ動かない康武。それを見て一目入道は笑う。

康武は大きく溜息を吐き用向きは何かと尋ねた。


「何、御主との方が話が早そうなのでな。もう解っていると

思う故返答を貰いにきた」


 康武は顎に手を当てて考える。つい一週間程前、

校門の前にぼろぼろの修行僧が立っていた。

それは妖気を放っており尋常ではなかった。

幸い登校している生徒も教師も居なかった為襲撃なら排除しようと思い、

術式を展開しようとした康武に声を掛けたのが一目入道だった。

その時に持ち掛けられた提案が、協定を結ぶと言う物だった。

互いに攻める時は同時。どっちが敵の首を取ってもそれで引くという話で、

康武は即答を避けた。一目入道は妖怪の中でも知られている存在。

妖力のみならずその妖武具加茂虎馬は虎の様な模様の馬で、

猛々しくそれのみでも強力な力を備えており並の魔術師なら蹴散らされている。

それが合図で互いに責め合うなど、普通の魔術師なら即答で断るだろう。

だが康武はそれが魅力的に移る。ただ妖狐を一匹退治するより一目入道も序に倒し、

連れて来るであろう妖怪の群れをも同時に倒せれば研究所への採用は当然。

それどころか更に上の地位を狙える。

そしてそれを可能にする能力を康武は備えていた。

そうなれば兄の為になる事を早めに実現出来る。康武に迷いは今は無かった。


「勿論御受けします。正し条件があります」

「条件とは?」

「簡単ですよ。必ず事前に相手に通達する事。今日直ぐなんてのは以ての外です。

そうですね……せめて二、三日前にというのはどうでしょうか」

「承った」

「もし破れば僕もそれなりの対応をさせて貰います」

「破らぬと約束しよう。大和武尊に出張ってこられたのでは面目が立たん」


 互いに思惑は一致し、一目入道は右手を差し出す。

しかし康武は背を向け部屋を出る。残された部屋で一目入道は笑みを溢す。

青二才の分際で我等と取引しようなどとはな。

例え神野悪五郎大将の名前が後で知れた所で、最早約束の撤回は出来ない。

一目入道は康武の事は聞き及んでいた。

確かに一目見た時その魔術元素の塊の様な中身に驚いた。

それと同時に喜んだ。もしこれを生け捕りにし妖気を取り込ませれば、

どの大将より凶悪な魔王となるだろう。

一目入道はこの狩りの目的は妖狐よりも其方にあった。

勿論ぬらりひょんを旗頭から退け、神野悪五郎大将を旗頭に

狼煙をあげるのも目的ではある。だがそれ以上に精神的に脆いが

才能の塊を手に入れるチャンスでもあった。相手は一人。

それも自分だけで多くの妖怪を葬ろうと画策する。

幾ら才能があろうともまだ雛。ならば手名付けるのも可能。

何れは総大将として育て上げ、大和武尊を討つ。

一目入道は不敵な笑みを浮かべながら姿を消した。

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