第26話 運命へ向けて
修練場では康禄がまだ六韜兼光を装備した状態で居た。
自分には気配を感じる事は間近に迫っている時以外出来ず、
鴉は引いたとしてもその仲間が狙って来ないとは限らない。
そしてそれを支える様に横に立つ楓。
いざとなれば狐火で相手を葬ろうと魔力と妖力を高めていた。
張り詰めた空気の中、修練場の戸が開く。
康禄は身構えたが六韜兼光はどれも出ない。
楓は今度は私がと言わんばかりに前に出て狐火を出し、放とうと構えた。
「御楽しみの所邪魔するぞ」
聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
康禄は楓を止める為に更に前に。対して楓はまた私を庇おうとしてくれるなんて、
康禄格好良いなどと暢気に思った。
だがそれも直ぐに吹き飛ぶ。彼らの前に現れたのは死神だった。
楓は康禄を押しのけて前に出ようとするが右腕に遮られた。
「死神様、今さっき」
「みなまで言うな。承知している。それより後ろの御嬢さんから
腕を退けた方が良い」
「え」
死神に言われて右腕を見る康禄。その腕の上には楓の胸が乗っていた。
顔を沸騰させ、真っ赤に染め上げ固まる康禄。
楓もその康禄の顔を見た後視線を追うと、自らの胸に行き着く。
そして康禄と同じ様な状態になり息が止まる。
「まぁ気にするな、良くある」
「有る訳無いです!」
死神のフォローとも言えない物に揃って突っ込む康禄と楓。
それから二人は妙な距離を開けて床に座った。
死神も腕を組みながら胡坐を掻いた。どうにも気まずい空気だ。
こう言う時の解消の仕方など解らない。
死神は色々思案したが、面倒な事は嫌いな性質なので
話を進める事にした。
「取り合えず大体把握出来たと考えて話す。
事情は掻い摘むが、狐、御前が起こした事件の所為で、
今や妖怪も人間も策謀渦巻くものになった。下手をすれば国がひっくり返る」
そう切り出した死神に、そうですねと気の無い返事の康禄。
楓は楓で胸を庇う様にしながら、ちらちらと康禄を見ている。
やれやれと帽子を押さえ俯く死神。だがそれに構っている時間は無い。
「という事なのでな、康禄御前にはこれから裏山ではなくある場所に篭って貰う」
「え、あ、はい」
「えー!?」
其々別の声を上げる二人に辟易してきた死神は、
面倒なので康禄を転移魔術で飛ばした。
そして残される楓。きょろきょろと辺りを見回し、康禄の居た所を撫でる。
あったかいなどと思ったが、はっとなり死神を睨む。
「面倒なのは嫌いだ」
「端折りすぎよ!」
「まぁそういきり立つな狐。最初は御前を康禄に止めてもらおうとしたんだが、
今は事情が変わった。今御前がしている事はもう無意味だ。即刻やめて着いて来い」
「でもあれが完成しないと、田島君は……」
「それを吹っ切らせた御前が何を言う」
「あ……」
楓はこれまでの事を思い返す。彼に魔術元素のある体を与え、
差別から二人抜け出し新しいセカイへ旅立つ。その為に研究を続けた。
それを反故するような事を言った自分に項垂れる楓。
それを見て死神は微笑んだ。
「まぁそんなものだ人生などな。だが御前が人を殺めた事には違いない。
それについての処罰を下す権限は俺には無い。御前が決めろ。
だがな、御前の王子様は御前を護ると決めた。
その為にこれから酷い目に遭って貰う」
「どうして!? 私達はただ静かに暮らしたいだけなのに!」
「そうがなるな。御前も見ただろう? 康禄のあの武器を。
あれは天界魔界の虐げられた者達の希望が詰まった物。
それを康禄は受け入れ共に生きると誓ったのだ。それに無能力者として
生まれたあいつに静かに暮らすなど無理なのだよ、生まれた時からな」
「そんな不条理な!」
「そういう文句は俺ではなく、死んだ後にでも父なる神に言うが良い。
だがそれまでは御前にも全力を尽くして貰うぞ」
「如何すればいいのよ」
「御前のやった非道の報いはあいつが共に償ってくれよう。
それに御前がした事は間違っているが、それは役に立つ」
「如何言う事?」
「簡単な話だ。御前は錬金術師の真似事をしているつもりで有ったろうが、
あれは医術でそれはこれから康禄の役に立つ。これ以上はさせんが、犠牲になった
命の為使うと良い」
そう言うと死神は立ち上がり、横を向いて太い腕を扉をこじ開ける様にすると
景色が割れた。
「さ、こんな所で無駄な時間を費やす暇は俺にも御前にも最早無い。着いて来い」
そう言ってその割れた部分へ体を差し込む。
楓は俯いていたが、閉まりそうになる直前
に体を入れた。そして其処には誰も居なくなった。
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