第23話 鴉の鳴く声
「お涙頂戴ってとこですかねぇ。これは良い物を見せて頂きましたよ」
下卑た笑い声が修練場に響く。
二人ははっとなり距離を取ってその方向を見る。
其処には鴉の顔と黒い羽を手の様に叩きつつ、
人の様に壁に寄り掛かるものが居た。鴉の妖怪。
そう二人が思うと、康禄の胸元のネックレスが光り輝き辺りを覆う。
六韜兼光は康禄の体に収まり我先にと蒼天戟が眼前に、
我を使えと言う様に現れた。そしてそれを手に取り、
楓の前に躍り出る康禄。その目は睨んではいない。
だが引かないと言う断固たる意志が宿って居た。
「……これは参ったね。魔術師かと思ったらとんでもない奴と
出遭っちまった。ちなみに旦那、その後ろのが何なのか知ってて
御庇いになるんで?」
康禄は微動だにしない。彼女は彼女だ。馬鹿な自分に言いたくも無いだろう事を真っ直ぐぶつけてくれた人だ。戦うならそれで十分。
命を懸けるのに足る理由だ。
「はっ。男前じゃないですか旦那。良い益荒男な事で。
でもね後ろにいるのはあんたには似合わない女ですぜ?
何せそいつは今までで六人以上殺めちまってる。
そのままには捨て置けないんですよ」
そう言われたが、彼はどかない。それどころか顔色一つ変えない。
康禄は一瞬正直驚いた。自分では汚いと思いつつも、
自分に対する両親の虐待そして他の人間からの迫害に
暴行を合わせて請求したらそれと釣り合うか考えた。
彼女にもそれに至る理由があるだろうとも思い、そうなれば帳尻が合う。
不敵に笑う康禄を見てカラスの妖怪は、
やれやれと言うポーズを取りながら近付く。
それを見て自分の背後に居る楓が前に出ようとしたが、
体を動かす事で防いだ。えっと言う小さな声を聞いて康禄は言う。
「貴女の言葉が僕の間違ったセカイを壊した。それを僕は守るだけです」
そう言うと鴉の妖怪に向って蒼天戟を振り下ろす。
寸での所で飛び退く鴉の妖怪。前髪であろう物が、はらりと落ちた。
「旦那ホントに何なんですか? 今の一撃あっしには見えなかったですよ。
嫌だなぁその上、今手を抜いたでしょう。殺気が無かった。
いや元から無いとしたら余計怖い」
そう言うと鴉は自らの羽をむしり、それらを幾つにも器用に繋げた。
「旦那には大人しく渡して貰えそうに無いんで、女だけ貰っていきます。
こう見えてあっしは臆病なんでね」
繋げた羽根を鞭の様にしならせ振り回す。風を切る音が耳を支配する。
目の前がぼやけて来る康禄。だが先程強く握った手から出血していた為、
痛みで視界が元に戻る。康禄はどうしたものかと考えた。狙いは楓にある。
今修練場の外に出すのは此処に居る以上に危険だ。
そう苦慮していると蒼天戟が振動し、鴉に向かおうとする。
康禄は驚いたが此処は蒼天戟に任せる事にした。
「血気盛んな武器ですねぇ。でもそれじゃあ駄目ですぜ」
そう言うと鴉は飛び、康禄を飛び越え楓を直接狙う。
だがそれは当然予測済みと言わんばかりに蒼天戟は康禄の手を離れ、
羽を刺したまま天井に刺さった。
「それは此方も想定済み」
鴉は康禄の目の前に居る。だがそれは六人に増えていた。
そして天井を見ると蒼天戟がさしていた鴉だった者は、
羽根の固まりになりばらばらと場に落ちてくる。
「なっ」
康禄は上に気をとられていた。そしてその隙を突いて楓を捕らえるべく、
六人の鴉達はばらばらの方向から回り込もうと走り出す。
右二の腕から落ちてきたディアブロソードを落としそうになりながら、
掴と剣は自ら地面に刺さり、眩い光を放って辺りを覆う。
「……これは本気で降参しますかね。旦那ホントに良く解らない人ですね。
魔術元素が無い人間があっしの催眠術を見破るなんて、有り得ないですよ」
五人の鴉は消え去り本物はまだ康禄の前に立っていた。
そして腰に手をあてて笑っている。それを見て康禄も笑い、
両掌をからすに向けて見せた。すると康禄の両掌の親指の
付け根から出血していた。爪の痕がくっきりと付いているのを見て、
鴉は頭を振る。
「種明かしをすると、さっき強く握って拳を作った時若干血が
出てたんですよ。本当に偶然です」
「偶然ねぇ。まぁそう言う事にしておきますよ。幻術を返したのも
旦那の意志で?」
「いや、これは剣が出てきてくれたんですよ。その御陰です」
「まぁ良いや。旦那、今日はうちらはこれで引きます。
でも完全に引くわけじゃないんでまた近い内にいずれ」
「何度来ても同じです。必ず彼女は護ります」
そう言う康禄の真っ直ぐな瞳を見た鴉は鳴き声を上げると、
丁寧にドアを開けて外に出る。そして頭を下げドアを閉めた。
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