第21話 君の心、僕の心
康禄は康武と別れた後、ずっと修練場に居た。
先ずは戸を全て開け放ち蜘蛛の巣が張っていたのを、
蜘蛛を外に出してから払い落とした。
そして水を汲む場所が近くにあったので、
備え付けで有ったボロの雑巾を洗う。
そして同じくあったアルミのバケツを使って隈なく拭いて行く。
それが終わると心地良い風が舞い込み、それに暫く身を任せて居た。
「へーこんな所があるのね此処には」
不意に声が聞こえ、びくっと飛び跳ねて振り返ると
其処には見た事のある少女が居た。
中々名前が出て来ず苦慮していると、少女が微笑み自ら告げた。
「私の名前は小高楓。貴方と同じ学年よ。
これでも校内美女コンテストって言うので一位
になった事も有るのよ?」
康禄を笑わせようとわざとらしく髪を掻き揚げ、
ポーズを取っておどける楓。それを見て彼は可愛いなあと思い、
照れ臭くて頭を掻いて笑った。
「田島君は此処で何をしているの?」
修練場を後ろで手を組み見て回る楓。
それを目で追いながら康禄は何と言えば気が利いているのか判らず、
それでも何か喋らないといけないと感じそのまま答えた。
「えっと、この修練場、自由に使って良いって言われたので、
掃除をしていました」
楓はそう言う康禄を見つめると、彼は眼を伏せた。
警戒しているのか単に恥ずかしがっているのか判断が付きにくかったが、
今は恥ずかしがっていると取って置こうと思った。
康禄自身は実は両方だった。照れているのもあるが、
こんな美人が自分に近付いて来るなんて何か可笑しいとも思っていた。
美人局と言う言葉が頭に浮かぶ。無駄に自分の家には金は有った。
だが彼女はお金に困っている様にも見えなかった。
身なりは綺麗だし、いつだったか街で彼女を見かけた時も
綺麗な格好をしていた。なら康武に近付く事かな。
それなら本人に直接言えば良いのに。そう思うと少し溜息が出た。
「どうしたの? 溜息なんて」
かなり小さな溜息だったのにそれに突っ込まれて動揺する康禄。
彼女をちらりと見るが笑っていた。自分の様な三枚目に美女というのは、
ちょっと不釣合いだなと彼女と自分が並ぶ姿を想像し落ち込む。
それを見た楓は口に手を当て小さく微笑んだ。
康禄は愛想笑いをしつつまた頭を掻いた。今日は何回頭を掻くのか。
その所為で頭が痛いのかと思った。
「何か御用でしょうか」
康禄は単刀直入に聞く。彼女の様な綺麗な人と居れるのは嬉しい。
だが自分と居る事で彼女まで変な目で見られるのは嫌だったし、
そうなっても自分には何も出来ない。そう思うと出来れば
早めに用件を済まさせてあげようと思っての事だった。
「用件は何も無いわよ。ただ田島君に逢いたくて」
そう頬を薄ら赤く染めながら楓はそう満面の笑みで告げた。
だが康禄は何と言って良いか判らない気持ちになる。哀れみか同情か。
そう思うとがっかりしてしまった。
しかしあからさまに態度に出してはいけないと思い、はっきり言う。
「あの、僕と一緒の所を見られると困ります。出来れば出て行って頂けますか?」
言った後かなりの自己嫌悪に陥ったが、
それでも言うのが彼女の為だと強く思い真っ直ぐ楓を見続けた。
「そ、そうね……」
楓はそう答えたが、彼の断固たる拒否を聞いたのは初めてかもしれない。
何時も学校内では暗く俯いている印象しかない康禄が、
真っ直ぐ自分を見てはっきりと言いたくないであろう事を口にしていた。
そして良く見ると三枚目だが憎めない顔をしている。
その鼻も先が丸くて可愛いし、目も垂れ目だが優しそう。
何だか良く判らなくなってしまった楓は康禄に背を向け、
修練場の壁の溝をなぞった。康禄は康禄で胃がきりきりと痛み、
出来れば早めに終って欲しいと願った。
暫くの沈黙の後、楓は整理出来ない気持ちのまま思った事を口にした。
「田島君がそう言うなら去るけれど、その代わりまた来ても良いかしら」
あまりに意外な言葉に驚く康禄。
本気で言ってるのかと疑ったが、
相変わらず背を向けたまま壁の溝をなぞり続ける楓を見て、
康禄は妥協案としては酷い物だったが受け入れざるを得ないと思った。
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