第14話 交わらない心


「な、何なのあいつ!」


 少女は地面にへたり込むと、手のひらで地面を叩く。

彼女は元々人に飼われていた狐。とある魔術師の一家の元で産声を上げた。

だがそれは幸せな誕生ではなかった。その魔術師は生きた命のある使い魔として、

魔術元素を組み込ませた生体実験を行っていたのである。

父親も母親も無く試験管から生まれた生まれついての妖狐。

生まれて一週間で人の姿に変化させられ、人と同じ様にするよう躾けられた。

妖狐として火を操る方法や雷を呼ぶ術も教わる。術、術、術の毎日。

それが普通だった。何の為誰の為とも言われずただ人として紛れ、

相手を殺める術だけが巧くなって行った。


 そんなある日何も解らない彼女に、実験と称してその家の長男が

自分を襲ってきた。交配するとどんな子供が生まれるかな、

と言った男を彼女は寸での所で突き飛ばし家ごと灰にした。

外出先から戻ってきた魔術師はケタケタと笑いそれを喜ぶ。

狐からしてもその狂気に寒気がした。

そしてその後魔術師の案内で自分の工房へ案内されて、

彼女は初めて自分が作られた者だと知る。

衝撃的な事実を受け入れられず、親とも呼べる魔術師を殺めてしまった。

初めての事だったが、それ程衝撃は無かった。寧ろどうせ作れるのだから

誰かに作って貰えば良い。

 そうして彼女は魔術師の亡骸を、元在った家の瓦礫の下に埋めた。

これで彼と親しい人間が彼を作ってくれるだろう。

記憶があれば復讐されるかもしれない。でもそれまでの時間、私は自由。

こうして彼女は何食わぬ顔をして、人の中に紛れた。

幸い住民票等は用意されていて、名は小高楓。

顔は魔術師の好みの女性に似せて作られた物だったので変えたかった。

だが住民票の顔がそれだったのでそのままにした。

あいつの作品として生きるのは癪だったが、此処からは自分で作る話。

そうさっぱり割り切った。知能を高めにしたと自慢げに語っていた魔術師の通り、

楓は学校一の秀才として皆の人気者になる。

人間を騙すのは簡単だと高をくくっていた。

 地元の小学校を卒業し、中学に入った楓は妙な人間に会う。

人間なのに人間に疎まれている少年。

後に彼がこのセカイでも数少ない無能力者だと彼女は知った。

確かに彼からは本来あるはずの魔力が無かった。

一年後、稀代の魔術師になると名高い弟が楓達の学校に入学してくる。

康武は魔術師としての魔力が大きく、彼女は康武に近付くのを嫌った。

世の中可笑しなものだと楓は思う。彼らの製作者は配合をきっと間違えたんだ。

ならば無能力者の彼は失敗作。それならば作り変えてしまえば良い。

そう考えた楓は自分を作った魔術師の工房を漁り、人体練成の研究を始めた。

失敗が続きどうやっても巧く人の形に成らない。

そうだ、魂が無いからいけないんだ。そう結論付けた楓は康禄に近付く事にする。


 上級生に暴行された後の弱った彼を見つけ楓は声を掛ける。

すると彼は声を掛けられた事を恥ずかしがって、殴られ腫れた顔を

隠そうとした康禄を彼女は可愛いと思ってしまった。

そして楓は生まれ変わった彼には永遠の命と、弟を凌ぐ魔術元素を与えて

自分とずっと一緒に居て貰おうと考えた。

彼なら私を道具として見ない、大事にしてくれると。


「貴方、私の事好き?」

「え?」


 いきなりそう言われしどろもどろになる康禄に体を近付け、

楓は魂を抜くべく彼を気絶させる為手を後ろに回した。

だが直ぐに距離を取られる。

恥ずかしがり屋さんなんだからと楓は思ったが、

康禄から出てきた次の言葉に驚愕する。


「あの……貴女のような力の強い妖怪の方なら弟の方が釣り合いますよ」


 誰にも気付かれた事が無いのに何故、と内心動揺する彼女に

康禄は追い討ちを掛けた。


「狐の高位妖怪なんて初めて逢います。でも僕に話しかけない方が良いですよ。

貴女も怪しまれてしまう」


 楓は彼の前から走り去る。魔術元素を組み込まれた自分は

妖狐であって妖狐ではない。妖狐は本来長い間生きてきた狐の変異体である。

ある者は人を救い崇められ、ある者は人を食い国を侵し滅ぼし恐れられた。

だが彼女は違う。妖気という物は殆ど出ていない。

それを無能力者に見破られるとは。楓は気分が悪いと早退し研究室に篭る。

自分が完璧に化けて居たはずなのに。魔術師の残した研究記録にも、

妖怪としてばれない様に偽装は完璧だと記されている。

このセカイは魔術師の方が人口が多い。

それに紛れて任務を遂行する為にはそれにならなければ意味が無い。

なら何が悪いのか。其処で彼女は思い立つ。

妖気を持った魔術師を作って彼に近付かせれば良い。

それを康禄が見破れば失敗作。

見破れなければ成功。

その記録を元に自分の記録を照らし合わせて、もう一度自らを作り直す。

そして彼の体も一緒に作れば完璧だ。


 そうして彼女は夜に紛れる。ある程度育ったホムンクルスと言われる

魂の無い実験体に生きた人間の魂を入れれば良い。記憶は必要ない。

魂だけ抜ければ良いのだ。こうして彼女は失敗しても

差しさわりの無い人間として、康禄を蔑み差別を助長した教師を襲う。

教師の体は消し炭となったが、飛び去ろうとする魂を

楓は死霊術師の初歩術である魂捕縛の術で捕まえる。

取り合えず魂は確保した。後は人にする為足りない部分を他から調達しよう。

そうして彼女は上級生五人を襲う。丁度彼らが固まっていた所に出くわし、

楓はセイレーンの術である、死海への歌を使い一瞬にして体から魂を抜き出した。

魂をビニール袋に容れ、体五つを纏めて手首の所を紐で縛り引き摺って帰る。

誰にも遇わず帰れた事は幸運だとして、意気揚々と工房に戻り学校も休んで

作成に没頭する。

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