第10話 鍛錬
「よっ! ブラコン先生! どうした? 元気が無いぜ?」
康武が教室に入るとそんな声が飛んで来て、びくっと反応する。
俯き小声で絶対違うと言いつつ、その声の主の所まで俯いて歩み寄った。
何時もと違う雰囲気に戸惑うクラスメイト達。そして康武は立ち止まり
「轟、悪ふざけが過ぎるぞ」
そう笑顔を作り軽く咎めた。その瞬間クラスに笑いが起こり、
轟と呼ばれたそばかすの少年も照れた様に笑った。
この学校で康武の悪口は無い。学校では勤めて良い子にしているからだ。
家庭での事などおくびにも出さない。兄の事を最初は悪く言われたが、
それを笑顔で否定し続けたら彼の周りでは言わなくなった。
生徒会に選ばれた時それを全校生徒に浸透させようと奮起し
今では兄の同級生や差別意識の高い教師以外は言わなくなった。
成果が出て嬉しかった反面、今度は兄を腫れ物にでも触る様に
なってしまいそれに悩んだ事もあった。
だが、兄から今のままでも十分だからと言われて
今はその問題は置いておく事にした。これから先早く上に行けば行くほど
兄の待遇を良くしてやれる。差別をなくす為に突き進むと
決意を新たにして席に着いた。
康禄は教室に戻るとそれまで笑い声が上がっていたクラスメイトが押し黙った。
雰囲気がまるで違う事と、彼をあからさまに嫌って虐げていた者達が消えたのだ。
もしかしたら次は自分じゃないか、そう思うと何も言えなかった。
前までの俯き暗そうな康禄ならまだしも、今の彼には勝てないと踏んで
押し黙る事を決めていた。それはそれでやり辛いなと思いながらも、
席に着き窓の外の空を見るとその大きさと眺めの良さに感動した。
三年間この景色に気付けなかった事を康禄は悔やんだが、
これからは色々な物を違う視点で見られると思うと心が躍った。
学校が難なく終わり放課後になると康禄は、
いの一番に教室を出て下駄箱で転びそうになりながら
靴に履き替え家路に着く。
勿論家に帰るのが楽しみなのではない。
康武の許しも得た事だしこれからは大手を振って裏山に行ける。
途中で何か言われた気がしたが耳に入らなかった。
家に辿り着くと何時もの手順で、塀を登り屋根を伝い部屋に入り着替えて
また戻り急いで裏山に行く。
「早かったな」
大樹の下で死神は待っていた。その横には木刀が置かれている。
息を整えつつこれからの修行はちょっと大変そうだと考え少し項垂れたが、
それでも頑張ろうと顔を上げた。
「男子三日会わざれば刮目して見よとは良く言ったものだ」
そう死神は言いつつ木刀を康禄に投げて寄越した。雰囲気や体付きを見れば解る。今は感情の高ぶりから来るアドレナリンの分泌過多によって忘れているが、
実際筋肉痛で動くのも辛い事を。それを推して余りあるのだろう。
だが無理をかなりしている様ではない。康禄も康禄なりに運動について
学校の図書館で調べたりし、ストレッチや休息の取り方を学んでいた。
その中で運動選手の心構え的な本に目が留まり、時間ぎりぎりまで立って
呼んだ。借りる事はしない。それが貸す生徒にも迷惑が掛かるし、
果ては難癖を弟に言いに来る人間も居ないとも限らない。
最低限のリスクさえ消していこうとするは消極的なのか
積極的なのか迷う所でもある。康禄自体博打的な掛けは嫌いだった。
生まれた事でさえ負けている自分が運が強いとは思っていない。
賭け事などした所で勝て無い事は摂理の様なもので、
これ以上取られる側に回ったら救いようが無いと彼は考えていた。
その事は剣技にも現れていた。決して危ない橋は渡らない。
化け狐の事を敢て聞かないのもそれが原因だった。
死神としては聞かれたら答えるつもりはある。勿論正直な気持ちを添えて。
だが化け狐のばの字すら言ってこない。それ程確実な足場が無い限り動かない。
それはそれで死神としては喜ばしい事でもあったが、
もっと積極性が欲しいとも考えていた。だがその期待は良い意味で裏切られる。
木刀を何とか両手で持ち構えて剣を切り結ぶと、
彼の中の土台は多少の変化にも迷いが無かった。
確実に自分が納得出来る場で待ちそしてここぞという時には斬り込んで来た。
死神が一瞬達人と斬りあって居るのかと勘違いしてしまうほどに
自分なりの物を持っていた。元より調べると言う事は弟に何か出来ないか考えた末、足を棒にして調べ纏め伝える事しかないと思い立ちし続けた。
その実績が今彼の中から新たな芽として顔を出したのだ。
剣を持ち戦う事を彼なりに調べ纏め吸収す
る為頭の中で敵を仮想し斬り結ぶ。そうする事で自分の足場を固めていた。
それでもと死神は康禄を揺さぶる。激しく動き回り撹乱しようとした。
一週間程度で達人になられて堪るものかと。だが目では追うものの、
決して簡単には動かない。それでも死神が方向を変え撹乱すると
少しずつ進み一定の距離を保ち続けた。実の所康禄には死神を相手に
真面目に戦うにはこれしかないと決めていた。修行なのだからと思う所だが、
修行だからこそ試せる事もあった。きっと死神は修行だから打って来いと言うはず。そして最後には自ら斬り込んで来る。その時が勝負だと考えた。
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