第9話 暗雲と親鳥たち
一週間程そうして過ごし、疲労も取れた様なので次の日
康武と康禄は共に登校する事にした。前は嫌がっていたのにその日の康禄はそうだねと言って応じた。久し振りに楽しく登校出来て、康武はついついらしくないほど
沢山兄に喋りかけた。それに笑顔でうんうんと聞いている康禄。
今日はきっと良い日に違いないと康武は思った。
だがそれも学校に着くと一瞬にして消えた。
校門を潜り下駄箱で話しながら靴を変える二人の前に
教師が二人飛んできて、康禄の腕を掴んだ。
何時もなら無抵抗で連れて行かれる兄が、
その日は直ぐに手を振り払い何か用でしょうかと尋ねた。
それに康武は目を見張る。
良いぞ兄さんと心の中で応援していたが、黙っていられず康武は間に入る。
兄が何をしたって言うんですかと聞くと、兄を侮蔑した教師の失踪について
事情聴取をしたいと言って来た。康武はそれを聞いて笑った。
僕は兄とこの一週間ずっと家で過ごしてましたよと答えると、
二人の男性教師は舌打ちをして去っていった。
其処で間髪入れず康武は天照会警備部に連絡を取る事にした。
制服の胸ポケットから長方形の水晶を取り出し念じる。
すると声が聞こえてきた。
このセカイでは連絡手段は、携帯水晶で念話によって行われるのが
一番早かった。子供でも手軽に利用できる物に改造されており、
日本国がその最先端を言っていた。材料は海外から輸入だが、
製造は日本国で行い輸出していた。
どうやら教師は康武が康禄を連れ戻す前日の夜、
跡形も無く姿を消したらしい。
康武はそれを聞いて少し喜ばしかった。
あんな人間が消えてくれるなら万々歳だと。そして上級生が五人も消えた。
その内三人は更に前日兄に暴行を加えていたと教師から後で聞いて、
その教師の胸倉を康武が掴み取っ組み合いになった。
そして康武同伴で康禄の事情聴取が行われた。
天照大神会警備部の人間が学校に着たが、直ぐに終った。
無能力者で見た目が細い彼が、まがりなりにも好戦的な妖怪相手に戦ってきた
人間を倒すのは想像しにくい。
そしてそれは上級生五人についても同じ。
何より康武は天照大神会としても有力な幹部候補として白羽の矢を立てていた事も
有って不問にされた。元より問題児だった人間達の為に有力な人材を
逆撫でする理由も彼らには無かった。
その上無能力者に例えば消されたとしてそれは不名誉だろうという配慮も有った。
康武は終始不機嫌そうだったが、黒尽くめの背広の警備部の人間達と去り際に
握手をした。これも将来の布石の一つだとして。結果被疑者不明として
失踪と言う事で処理された。だが学校内はこの話題で持ちきりだった。
上級生達に締め上げられた後屋上から降りてきた康禄は、
晴れやかな顔をしていたのがきっと上級生達を消す決意をしたからだと。
だがそんな噂も直ぐに消えた。
学校に見知らぬ厳つい体格で白髪の眼光鋭く背広を着た男性が訪ねて来て、
自分がその日はずっと一緒に居たと証言したからだ。
康禄はそれが死神だと思い職員室に走る。
するとやはり其処には死神が居て、康禄を見つけると親指で帽子を
くいっと上に上げた。そして突然姿を消した事を謝ると、
俺は見ていたから大丈夫だと返した。それは三日間体力の続く限り、
康武の目を盗んではイメージトレーニングをしたり筋肉トレーニングを
したりする姿を見ていたという事だった。それに感激し、
有難う御座いますと頭を下げる康禄。その姿を後から遅れて来た康武は
少し複雑な気分になる。が、直ぐにその男が何処か普通の人間ではない、
妖怪でもない様に感じた。一応兄が世話になっている様なので
挨拶だけでもと思い、歩み寄り声を掛けた。
「初めまして、田島康武と申します。兄がお世話になったようで」
少しとげとげしさが出ていたが、それを無視して手を差し出す康武。
「これはどうも。私は伊座美四六と申す諸国を旅する武芸家です。お見知り置きを」
と涼しい顔で差し出された手を握った。康禄はその名前はどう考えたのかと
思うと少し面白くて小さく笑った。そんな兄の顔を見て、少し苛立つ康武。
自分にしか見せない顔をしていた兄をつい睨んでしまう。
それに驚き萎縮する康禄。直ぐにいけないと思い咳払いをして
「こんな兄ですがこれからも宜しく御指導して下さい」
そう頭を下げた。それに釣られて康禄も頭を下げる。
死神もこちらこそと頭を下げた。これではどちらが兄か解らないぞ、
と死神は苦笑いをして康禄を見た。それを見た後天井を見上げバツの悪そうな顔で
頭を掻く康禄。それとは別に康武は兄に対して自分が独占欲を持っていた事に
恥入っていた。これでは親離れできない子ではないかと。
それから死神は学校を後にした。康武に偶に鍛える為に連れ出しても構わないか、と許可を得るべく尋ねた。康武は噛みながらもどうぞと答える。
先程の件が尾を引いていて、彼は正直穴があったら入りたい気分だった。
これは由々しき問題だと心の中で頭を抱えつつ冷静を装うも、
教室までの道のりはぎこちなく康禄を心配させた。
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