第8話 ゼロの目覚め、仕手の夢
翌朝目覚めると、康禄はテントの中に居た。
見知らぬ天井に驚き飛び起きると脇には死神が腕を組み胡坐を掻いて寝ていた。
よくこの姿勢で寝れるなぁと感心しつつ起さない様にそっと外に出る。
其処は昨日の裏山の大樹の下だった。昨日の疲労も抜けきれず、
寝起きも手伝ってかふらふらとした感じで大樹を昇り、指定席へと行き腰を下ろす。
朝焼けに染まる街、そして空を見上げ昨日から始まった
不思議な出来事を思い返した。
「目が覚めたか」
不意に声が掛かる。下に死神が居た。気を使った心算だったが
あまり意味が無かったな
と思いつつ、おはようございますと返して樹を降りた。
そして降りてきた康禄に死神は右手に持っていた棒を渡す。
これはと問うと、まだ武器に操られているのでこれで修行をすると死神は答えた。
康禄はそれに対して出来れば武器を全て把握した上で望みたいと言うが、
死神は棒を康禄に押し付けた。
それから朝稽古だと言われ向かい合う。死神も棒を持っていた。
何処からでもどんな打ち方でも良いから来い。そう言われて康禄は打ち込む。
最初は両手で棒を握っていたが、打ち返された時転んだ先に手頃な棒が
有ったのでそれを掴む。二刀流で挑む。右は打ち掛かり、
左は死神の打ち込みに対して防ぐ。
ぎこちないながらも段々とリズムを掴み始めて行き、
めちゃくちゃだったものも段々と自分のしっくり来る位置に棒を構え始めた。
死神は決して勢いは無いが、自分なりの型を模索して形にしようと
もがく康禄の姿に微笑む。格下はほぼ彼には居ない。
同レベルも探すのに骨が折れる。高いレベルなら自分位高い方が伸び幅も大きいと
踏んでいたが、やはり逆境に強いタイプの様だ。
この調子で一週間続けて見ようと考えた。それでも足りないのだが、
この成長速度ならそれなりになるはずだと思っている。
こうして康禄は家にも学校にも行かず、一週間を裏山で過ごす。
だが流石に心配した弟の康武に丁度買出しを言われた時に見付かり、
家に連れ戻された。その日は弟の監視もあり部屋を抜け出せなかったが、
部屋の中で鍛錬を続けた。次第に逞しくなる康禄に、康武は安心する反面何が
兄に起こっているのか心配になった。両親の虐待も、最近は自分が体格が
大きくなった御陰で手出し出来なくなっていた。すれば直ぐに解る。
兄は嫌がるが、そう言った面でのチェックをしなければならなかったし、
何より其処でなら御互い色々な話が出来る。それこそ将来の話とか、
女性の好みの話とか。康武は堅物でブラコンという噂が立っていて、
彼に寄って来る女生徒は尽く玉砕しているらしいと。それは事実であったが
ブラコンという点は若干否定する。自分達の境遇を知って尚そう言われるなら
仕方だないし、認めざるを得ない。だが自分にとって親が居るとするなら
それは康禄だった。学校での康禄はらしくないと彼は感じている。
昔はそうじゃ無かったのに。多分其処には自分の事も含まれているんだろうと
推察する。弟の為なら進んで犠牲になる人だから兄さんは。
でもそれが親であると彼は思う。だから今近くに居るのは世間的な意味での
親であって、自分にとってはロボットでも構わなかった。
いっそその方が気が楽だとさえ思っている。
堅物に見えても彼は実はある女性のファンだった。
それは大和武尊の副官で妖怪の字櫨
と言う。昔櫨の樹を乱伐して森を荒らした人間に対する恨みから生まれた
妖怪だったが、その後若き日の大和武尊によって打たれ改心し、
今では国を支える重臣の一人として彼の横で外交を担当していた。
容姿は櫨の花の様に綺麗で、肌は白に少し黄色を混ぜた様だった。
髪は櫨の妖怪らしく葉だったが、その麗しさから外交ではもてるらしい。
その美しくも凛とした彼女に康武は淡い恋心を懐いていた。
個人的には妖精じゃ無いかと思った。それを研究所を見学に行った時
偶然本人と会い、尋ねると彼女は柔らかく微笑み私は
そんなに綺麗な生き物ではないですよと返された。それにまた胸を打たれた。
彼にとって種族の概念など無い。そして能力の有無なども。
だから彼はそれを差別する者を激しく憎み嫌っていた。彼女にそれを伝えると、
喜び私もそう思います閣下もそうでしょうし陛下もそう思われてますと言われた。
陛下とは国王の更に上に居る陽武天皇の事だった。
この国では権力は陽武天皇と大和武尊が二分しており、独裁国家ではない。
基本的には民主主義を重んじてある程度は選挙で選ばれた者達が、
議会に集まり法律などを決めていた。だが有事の際は陣頭指揮を取り、
素早く処理し他国の侵略を阻むのも彼ら二人だった。大和武尊は五十二歳だったが、陽武天皇はまだ十八と若い。前天皇である父を二年前に亡くし即位する事になる。
だが陽武天皇は術力も高く聡明で、日本国が侵略される可能性は当分無いと
言われるほどの人物だった。それに武で言えばやはり聖剣の持ち主である
大和武尊が初老とは言えその凄さは健在で、日本一所かセカイでも
有数の武人であった。豪放磊落と言う言葉が似合うのは彼だと言われる性格で、
悪い所は直ぐに意見する。そして陽武天皇を敬い共に日本国の未来の為に
日夜知恵を絞っていた。
研究所に入る事それは彼らの仲間に入る事。
そして将来は兄の様な不遇な人達を一人でも多く救いたい。
一日でも早くそうしたい彼も日夜出来る事を全力でこなしていた。
その為兄にあまり目を向けられない事を少し悔やんでいた。
ここ数日兄は自宅から姿を消していたのも両親に最後通達をした日以降、
術の鍛錬の為家を空けていた為気付かなかった。兄を部屋に押し込めて
おくのは少しばかり気が咎めたが、それでもその疲労と傷を見れば
誰でもそうせざるを得ないだろうと思い断行した。食事は康武が作り、
兄と一緒に部屋に部屋で食べた。だがずっとそうして居る訳にも行かない。
将来の為兄の為、一日でも早くこんな肩身の狭い家から抜け出せるよう
鍛えなければ。兄はそれにあまり無理しないでと言う。
何だか昔の兄が戻って来た様で嬉しかった。
なら今はあまり問題にしない方が良いな、と
一週間居なくなった事の詳細を聞くのを止めた。
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