第7話 妖狐

「御兄さん今お暇かしら」


 月明かりを背に一人の少女が初老の男性の前に立ちそう声を掛けた。

その初老の男性は康禄を貶した教師だった。


「こんな夜更けに声を掛けてくるとは何事ですか? 

生憎と私は化物と無能力者には興味はありませんし、答える気もありません。

他を当ってください」


 教師は言葉とは裏腹に後ずさりし始めた。

このセカイの街灯は太陽が沈み暗くなると、

闇に反応し光る仕組みになっていた。それが今は消えている。

前に居る少女の背後が揺らめいていた。妖気の発生による空間侵食が起こっている。間違いなく妖怪の類、それも高位な者。目鼻立ちははっきりとしていて

金髪を靡かせていた。スタイルも良くモデルかと見間違うほどだった。

そうではない証拠に瞳は赤く、瞳孔は縦に長く開いていた。

そして特徴的なのはその頭から生えている黄金色の縦に長い耳と、

三つの勾玉型の尻尾。


 日本国では悪魔よりも妖怪の方が他種族としては多く存在していた。

だが妖怪は本来中立を保っており、現国王大和武尊も側に妖怪の副官を置いていた。そうする事で人間は妖怪に手を出し辛くなる。妖怪も人間の生活に溶け込んでおり、そう珍しくも無い。だがその代表格ぬらりひょんを筆頭とした妖怪集団は

溶け込む事を拒否し、距離を置いていた。

それでも好戦的ではなく、大和武尊とは同盟と言う形で手を結んでいる。

だが好戦的な者が居なくも無い。ぬらりひょんもそれに対して取り締まらない

代わりに、退治されてもそれを理由に人間を攻撃はしない。

あくまで自己責任として黙認している。そしてそれに対して大和武尊は

副官に命じ、好戦的な妖怪に対して対応する組織を結成させた。

それに教師も名を連ねていた。彼も教師では有るが、

魔術師としてはそれなりに優秀であった。

自ら志願し、前線に立っていたりもする。

彼は異種族が大の嫌いで彼が認める者以外は敵だと考えていた。

康禄もその一人である。故在れば首を撥ねようとも思ったが、

弟が優良人種で在った為見逃してやっていると言うのが彼の心情であった。

当然そんな彼を妖怪達が快く思うはずも無く攻撃対象でもあった。


 目の前に居るのは間違いなく大物の不良種族。

倒せばあの無能力者に対する鬱憤を解消出来る。だが、本能がそれを拒否していた。逃げろと命じている。幾多の敵と交えてきた彼だったが、

比較的自分より格下か仲間との共闘が多かった。

組織は意図的に彼にそう言う依頼しか下さなかった。

思想的に偏りが有り、差別意識が高い。本来なら教師としては不適当だったが、

野放しにすれば何をするか解らない。

その為比較的能力値の高い者が多い学校への就職が決まったのだ。


「残念ね、それは出来ないわ。どうしても貴方の魂が必要なの」


 少女はそう言うと自らの周りに炎を出現させる。狐火と呼ばれる妖術だった。

教師は本能から来る怯えを押し殺し対峙する事を決意。

胸元から手帳を取り出し呪文を唱え始めると、

足元に陣が浮き上がり青い炎が彼を包む。


「ならば全力で御相手致しましょう」

「是非とも」

 少女は鼻で笑うと自ら仕掛ける。風を切り耳と髪を靡かせ教師に襲い掛かった。

「遅いですな」


 教師はそう言うと手帳を前に突き出す。すると青い炎は少女を焼き尽くさんと、

襲い掛かった。それを丈の短い桜色の着物で踊る様にかわし距離を詰める。

だが後を追って青い炎が来る。教師はそのまま移動してきて直前で消えて、

自分と炎を激突させる気かと踏んで身構える。

だが少女は二歩程手前で足を止め腰まである長い髪を掻き揚げ


「貴方優秀だけどもっと性根逞しい人なら強くなったのにね。

人格の問題が大きすぎた」


 少女は呆れた様に言うと右掌を青い炎に、左掌を教師に向け天を仰ぐ。

そして青い炎が掌にぶつかった。教師は拳を握りやったと思った。

だが次の瞬間自分に向けていた少女の左掌から自分の青い炎と少女の出した

狐火が混ざり、渦となって襲い掛かってきた。


「美しくないわ……やっぱり」


 教師はそれに包まれ断末魔を上げていたが、

それを少女は哀れみの目を向け眺める。そして教師の居た場所には

誰も居なくなった。後には煤が残るのみ。

少女は三本の尻尾でそれを払うと風に乗って飛んでいった。


「先ずは一つ」


 くすりと笑い少女は屋根を伝い夜を駆けて行った。

この日その後五人の人間が消える。

それは全て康禄を学校で蔑ろにした人間のみだった。

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