第6話 其々の時

「御飯出来てるわよ康武さん」


 三十後半の髪の長い綺麗な女性が康武に声を掛けた。

康武は生徒会の仕事を終え、急いで帰宅したつもりだったが其処に

兄は居なかった。その後両親が帰宅したが無視した。兄さんが居ないなら

こいつらと話す必要も無い。それが康武の思いだった。


「さぁ康武座れ座れ」


 少し白髪の見える太った四十台位の男性が康武を手招きした。

それを無視して康武は冷蔵庫を空ける。其処には自分が好きそうな物以外に

贅沢な食材が並んでいた。酒もある。だが兄の為に入れられた物は無い。

茶碗も湯飲みも自分が修学旅行で買って贈った物を兄は大事に

部屋にしまっていた。


「ほら、冷めちゃうわよ?」


 女性が手を触れようとすると康武はそれを避け、

背を向け台所で水をコップに入れた。


「おい母さんが可哀想じゃないか無視しちゃ」


 そうへらへらして言う男性に


「無視されたら可哀想だって解ってるくせにそれをやるのかよ実の息子に」

「無視なんてしてないじゃない」

「そうだぞ、ちゃんとしてるじゃないか」

「兄さんの分が何も無いね」


 そう康武が言うと黙る両親。康武は振り向き食卓へ行くと、両手でそれを叩いた。


「この食材もあんた達のその格好も何もかも、兄さんの手当てで賄ってるんだろ? 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ。ばれなきゃ何やっても良いってのか? 

ふざけるな。御前達の事なんか御見通しだ」


 怒りを押し殺し静かに言う康武。それに押し黙る両親の顔を見てから彼は鼻で笑い


「まぁ良いさ。それも後少しで終る。例の件、上に通った。

あんた達には変わらず手当てをくれてやる。その代わり兄さんは貰っていく。

御前達なんかに兄さんは渡さない」


 そう吐き捨てて二階へ上がる。台所で泣く母親、それを慰める父親。

それが家族ごっこである事は知っていた。魔術師の為の精神的環境の改善は

康武が生まれて加えられた手当ての審査の一つ。

それが来る時だけ兄に優しくする両親。それが終れば俺の為に演じる。

出来る事なら自らの手で沈めてやろうかと何度思ったことか。

だがそれももう終わりだ。

目障りな家族ごっこではなく本当の家族だけが居る家を持てる。

その為には例え神だろうと退けてみせる。

康武はそう思うと笑いが込み上げて来てしまい、

顔を覆い大声をあげ笑い続けた。



「うわっ」


 その頃裏山では修行が開始されていた。

死神は姿は仮初のまま、大きな鎌を振るう。

唸りをあげて襲い来る攻撃を何とかかわす康禄。

だがそれも死神が手を抜いているからかわせる。

それは康禄も承知していた。これなら相手を斬らなくても降参させられる。

それが今は何よりも欲しい。そうなれば自分はこの剣を扱えている証拠。

不恰好に転びながら直ぐ起き上がると、

腰に差した剣二本が同時に飛び出し両手に収まる。

そして真上から来る鎌を剣を交差し受け止めた。


「良く解ったな。その二本は兄弟剣だ。黄金色に輝くは太陽剣。

ヘリオスが守護する太陽の一部を鍛えて作った物。そして白銀に輝くは月光剣。

アルテミスから賜った月の宝石から作り出した物だ」


 鎌を力で押し、顔を近付けてそう説明する死神。

まだまだ遊ばれてると思いながら必死に堪える康禄。


「だが、剣は三本。残りは何かな?」


 そう言い終えると死神は康禄を剣ごと吹っ飛ばした。

雑草を掻き分け樹に激突し、ずり下がる康禄。一瞬気を失ったが、

剣を杖代わりに起き上がる。


「さぁ後二振り抜いてみろ。びっくりするぞ?」


 死神は思いのほか耐える康禄に面白くなってきて笑顔になっていた。

最初はもう少し早く倒れるものだと思っていた。両親の虐待の御陰とは思わない。

彼の生まれて持って来たものだと自らに説いた。そして剣捌きも中々。

反射的に効率良く受けようと誤差を修正してくる。

その度に小賢しいと叱責したが、顔は笑っている。人間の癖にやるやつだ。

だあの戦場を拳で駆ける小僧ならもっとやるだろう。

そう思うと少し悔しくなり死神の鎌振りが大雑把になる。

同じだけやれたら負けはしないぞ康禄は。そう言わんばかりに力任せに振り下ろす。それをまともに受けず、剣を鎌の刃から鎌の柄を滑らせ

死神の手を飛び越え喉元で止まる。目を丸くし康禄を見ると、にこりと笑っていた。次の瞬間死神の太い足が康禄の鳩尾に埋まる。


「一つ良い動きをした位でいい気に成るな。俺が戦う事に集中すれば今のは無い」


 咽る康禄を見下ろしそう告げる死神。だが戦場ではそれが命取り。

それはまだ言わないでおいた。其処に立つ腕ではない。

今日は手始めにどの位の能力があるか見定めようとして居たが、

どうやら剣との相性が抜群らしい。境遇を思えばそれもそうかと思った。

似た物同士惹かれあった。それが人ではなく剣というから何とも寂しいものだ。

しかしそれがこいつの命を護り、神も魔界神をも唸らせてくれるなら

それに勝るものは無い。だが剣の力に頼りすぎるのも問題だ。

この剣自体生まれたてではあるが其々素材は超一流。

戦いで抜けば相手に覚られ距離を取られ、その存在を感知されて

康禄自体を狙い撃ちしてくるだろう。

そう考え死神は次回から剣はしまったままにさせようと思った。


「隙有り!」


 康禄を見下ろす死神に下から斬り上げる康禄。

だが死神は難なく避け、康禄の背中を蹴り飛ばし少し先の樹にぶつかり落ちる。


「隙とは言わん。罠だ」


 実は教育方針を考えていたのは内緒で嘘を吐いた死神。

それに対し流石ですねと返す康禄。

少しカチンと来た死神は大人気ない行動に出ることにした。


「今からは本気だ。御前の命を取りに行く」


 康禄の境遇を思えば、こんなに見知らぬ者が親切にしてくれたことは無いだろう。だからと言って懐いて甘えるのは間違いだと教えなければならない。

これから行く道は悪鬼羅刹が這う所。笑顔で近寄り命を狙う者も増える。

それに対応出来なければ塵芥と共に消えてしまう。


「お、御願いします!」


 康禄も自分の気の緩みを解っていた。だが嬉しくてつい心を躍らせてしまった。

声を張り上げ気を引き締め直し、二本の剣を構える。

太陽剣を前に月光剣を後ろに引いて。


「遅い」


 瞬時に間合いを詰め振りかぶる死神。その巨躯の体がまるで豹の様に動く。

死神の声が無ければばっさり真っ二つになっていた。

受け止めようとしたが、死神の顔を見てこれは受けたら腕が砕けると

考え横に転ぶ様に避けた。背中に在った樹が音を立てて倒れる。

それを横目で見る康禄は冷や汗を大量に掻いていた。

殺気を纏う死神は正にその名に相応しい姿だった。それと同時に憧れた。

こんな人になってみたい。そう思えた。


「呆けていて良いのか?」


 その声に反応し千鳥足ながらも距離を取る康禄。

そして別の樹に身を隠すと背中の剣を抜く。


「な!?」


 何か抜き辛く、御辞儀をする様にそれを何とか引き抜き前に出すと、

それは弓だった。体中を触り確認するが、矢筒は無い。

鞘の中を覗き見てもそれらしい物は何一つ出てこない。

項垂れる康禄に


「死ぬぞ」


 野太い声が背後から来る。その声に反応し前に飛ぶ。

受身を取り仰向けから身を翻し元居た場所を見ると樹共々地面を割り、

その間を死神は歩いてきた。恐ろしい。身が竦む。

そんな康禄を六韜兼光は光を放ち励ます。

頷くと、半月型の弓の中心に有った剣の柄の部分を引いた。

すると其処には剣身では無く、光の矢が現れた。


「ほう、天界樹の弓か。面白い」


 その言葉を聞き終えない内に康禄は柄から手を離すと光の矢は

唸りを上げ死神に迫る。

康禄は二射目を狙うが疲労感が体を襲い、思いより遅れて柄に手を当て引いた。


「まだまだ体力不足だ」


 死神は一射目を鎌で薙ぐと、二射目を放つ間際で間合いを無くし

鎌を康禄の喉へ突き当てる。弓を下ろす康禄。

それでも殺気の漂う目から自分の目を背けない。


「宜しい。初めてにしては良くやった」


 小さく笑い鎌を引く死神。それと同時に気が一気に抜けた康禄はずり落ちた。


「剣は使いこなせない上に体力も無い。これからは黙って俺の持ってくる飯を食え。その上で競走馬の様に追い回す。覚悟しろ」


 返事をする体力も残っていない康禄は頷くとそのまま気を失った。

その姿を微笑んだまま見つめる死神。さて何処まで飛べるかな。

そう思うと楽しみでもあった。眩い光に包ま

れる康禄を見ると、これで神の祝福が無いとは嘘の様だと思った。

剣が康禄に癒しの光を施している。そして暫くすると弓は鞘に戻り、

剣全てがネックレスに変化し胸元に戻る。


 だがもう少し持って欲しかったと死神は思った。

まだ六韜兼光は本来の使い方が出来ていない。

実の所月光剣と太陽剣は総称であって、天界のヘリオスが持つ物が

真の太陽剣であり、月光剣もアルテミスが持つ物が真の月光剣である。

その力は神が持つ武器故に強大でとても人が扱える代物ではない。

勿論武器を作った者も神とドワーフで違いは有るが。それ故に康禄でも扱える。

だがまともな人間にはこれも無理な代物だ。空っぽの人間が持ち、

剣がその器に収まったからで正直博打の一種だなと死神は思った。

姿を隠し付けていた時に学校の教師が神にも悪魔にも見放されたと言っていたが、

それは大間違いだと今は胸を張って言える。

でかい空っぽの器なら属性も何も関係ない。判別が出来ないから入ってしまった。

冗談みたいな話だ。俺が掛けた博打は勝ち目がそこそこありそうだと死神は

嬉しそうに頷く。本当に後は鍛えてやれば良い。単純だ。

そして真の六韜兼光の使い方を見出さなければ、

化け狐所か弟にすら太刀打ち出来まいと思った。

どちらも今の康禄では勝ち目は薄い。弟は才能の塊。

あれも神の一手か魔界神の一手か。例え兄と対峙した所で難なく退けられる。

よしんば勝ったとしても辛勝、化け狐はそれよりも若干手ごわい。

狡猾で火と雷を操る。あれは何れ九尾になる。だがこっちも負けてはおらん。

そう夜空に浮かぶ三日月を見上げながら未だ遭わぬ敵を見据えた。

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