第4話 運命の日

 死神はある程度の運命は把握していた。

だからこそ、今日この日に康禄の目の前に現れたのだった。

自身の介入により、康禄の死期は伸びた。其処からは未定に成っている。

本来なら死神のみが持つ、特殊道具である死神帳を見なければ把握出来ない。

これは閻魔大王が持つ閻魔帳と似ているが閻魔帳は魂についての生前の詳細な

行いが記されており、死神帳は死が確定した生物全般が記してある。

主に人間担当、動植物担当、魔族担当、天使担当が居る。

このセカイではあらゆる魂は天国か地獄に閻魔大王の審判の下、

行き先を決定される。そして其々の場所で生前の行いの清算をした後に

転生の輪の中へと魂は行き、前世の記憶を消去され何者かに生まれ変わる

と言う循環が成り立っていた。当然それを知るのは限られた者達だけである。


 死神は二、三人程度なら目を通してその死期だけでなく、

ある程度の運命は見る事が出来た。しかし何者かによる介入、

今回で言えば死神自身の介入により康禄の死は一応あるにはあるが

明確な時期は死神帳には載っていない。だがそれでも消えない者が居た。それ

は康禄の弟である康武である。彼の死は直近には無い。

だがその死に至るまでの道筋が救い様の無いもので、

その過程は他の生物にまで直結していた。大げさに言えば、天界魔界人間界の

三界の其々半数の死にだ。暴走の原因は康禄である。

彼がこの日に死を迎えていれば彼は狂いを更に増し、

人のまま魔王と呼ばれる存在になる。

それ程の才覚が康武には備わっていた。


 運命とは何ともまぁ怖いものだと改めて死神は思った。

彼には実の所康禄の件の前に介入しようとして失敗した苦い経験がある。

それが今セカイに混乱をもたらせている。其処で今回は打って出る事にした。

父なる神も魔界神も其々手を打っている。通常なら人間には悪いが、

最小限の介入で気の済むまで神々には相打って貰う。

死神とは悪しき者でもなければ聖なる者でもない。言わば中立。

其処は閻魔大王も同じである。ある程度の不正は見逃すが、

天地がひっくり返る様な手を打たれない事に細心の注意と警戒をしていた。


 その観点から言えば、康禄への介入は最小限。

死人を生き返らせた訳でもなく、ただ死を思い留まらせたに過ぎない。

どんな力を使おうと結果は彼の意志として処理される。

彼の可能性の中に誰かが止めに来る、と言うより弟しか居ないのだが

それでもあるのだ。それを掻い摘んだ。

そしてこんなセカイなら、彼の中に死神が助ける可能性があったのだろう。

最低限の介入としてする事、それは先ず一つは剣。

だがこれも彼が受け入れるかどうか解らない。

内心ひやひやしつつ取り合えず巧い事説明できるまで、

整理しながら簡単な問題から死神は片付ける。


「それは六韜兼光。五本の剣から成るドワーフとエルフが精魂込めて作った

このセカイに一本しかない物だ」

「そんな凄いものなのですか?」

「ああ。だがな、それが聖剣であるかどうかはこれからによる」

「僕次第って事ですか?」

「その通り。まぁ物は試し、一本鞘から抜いてみろ」

「はい!」


 その内一番上にあった剣を一本左手で取り他を脇に置いて康禄は

勢い良く立ち上がる。そしてゆっくりと鞘から引き抜くと、

剣身は眩い光を放ちながら姿を現す。何処までも透き通った水晶の様でいて

ダイヤモンドの様な輝きを放っていた。その眩しさに目を背けそうになる康禄に

死神はしっかり見ろと叱責した。それに体をびくりと跳ね上げ、声を張り

返事をしてそれを見続けた。


「そいつはこのセカイには存在しない宝石、ディアブロで作った

ディアブロソードだ」

「ディアブロ……イタリア語で悪魔という意味ですよね?」

「良く知っているな」

「いえ、まぁ日本国だと居場所が無いので何処かに行こうかとも思ったんです。

何とか監視の目を潜り抜けて。イタリアって楽しそうだなとか想像なんですけど

思ってて」


 節目がちにそう呟く康禄。死神はそれを見て、病室から空を眺める少女を

思い出す。彼女も飛びたかったはずだ、飛べるのなら。

これから幾らでも飛んでいける。そう心の中で康禄に声を掛け、

咳払いをし話を続けた。


「そうか。御前も色々思う所があったんだな。まぁ良い、それの意味が解るか?」

「悪魔……水晶……ダイヤモンドに似た鉱石」

「簡単に言うと、水晶とダイヤモンドが合わさったものだと考えれば適当だろう」


 死神からヒントを得た康禄は、水晶もダイヤモンドも魔を退ける

属性の石であり、宝術師が使う石でも代表的な物だった。

このセカイでは主に結界の作成や、エクソシストが悪魔祓いで使ったりもする。

高等宝術師の場合細かく砕いた水晶やダイヤモンドを戦場でばら撒いたり、

人に身に着けさせる事によって追跡を可能にしたりもする。

その身に着けた物が大きければ、転移魔術を使って其処から這い出る為に

跳躍する事も可能だ。その為、錬金術師と宝術師を兼職している者が多い。


「反射、ですか?」


 武器として使うなら強度も勿論の事、よりその石の特性が大事。

そう弟に教える為調べた事を思い出して言った。ダイヤモンドと水晶両方の

特性があるなら魔術を跳ね返すだろう。そう其処から答えを導き出した。


「そうだ。その剣は術を跳ね返す。相手が持ち主に敵意を向ければ向けるほど

強さを増して、倍返しになる。術を使う者からすれば悪魔の様に思えるはずだ。

そしてこのセカイで術を使わない、使えない人間は限られている」

「出来損ないですからね……」


 康禄は視線を地面に落とす。死神は康禄に依頼を快諾しては貰っていない事に

気付き、それについて良い機会なので話そうと思った。


「なぁ康禄よ」

「はい……」

「出来損ないとは御前が御前を言うのか? それとも他人が言う御前か」

「前は後者でしたが、今は両方かもしれません……」

「御前が御前にそう言うなら出来損ないだろう。その剣も同じ。

作り手が神や魔界神では無い無名のエルフとドワーフが、

天界と魔界の未来を託す為に作った剣。駄目な生き物に

渡ればただの名も無い剣として消え失せる運命だ」

「そんな……僕には天界や魔界なんて」

「御前は気付いていないかもしれないが今この地上は、

いや昔からかもしれんが虎視眈々と両者が支配権を狙っている。

命は無限に沸いてくるか?」

「いえ」

「神々はラグナロク、神々の黄昏をこの地上で再現しない変わりにその下の者が

矢面に立つ。天使も悪魔もエルフもドワーフも、もう疲れたのだ。

誰かに利用され捨てられ、誰かを裏切り奪う事に。

今セカイは静かに混沌へ向っている。このまま何もしなければ両者共

倒れか、ラグナロクが起きる」

「そんな……」

「御前は命を絶てば終ると思っているかもしれないが、それは違う。

魂は輪廻に帰りまた何処かで産声を上げる。そうすれば今より辛いかもしれん」

「今より、ですか」

「そうだ。今この時も何処かで誰かが御前より辛い目に遭い死んでいる」


 今より辛い目。それを想像するだけで康禄は涙が出そうになった。

父親の暴力や、母親の口での暴力、学校での暴力、街を歩けば面と向って存在を

否定され、買い物も満足に出来ない。すれば俺達の税金でこんな物買いやがってと

非難される。それよりも辛い目など堪らない。


「僕はどうすれば……」

「俺は御前が生まれた意味を考えた。確かにセカイにとっては異物でしかない。

だがな、俺はそれだけでは無いと信じた。何かあると、

術を使えない無能力者だからこそ、この先の見えない戦いに終止符を打てるので

はないかと」

「でも僕は……」


 康禄はディアブロソードを抱きしめ身を震わせる。確かに一度捨てた命だ。

でも、剣に込められた思いに答えられる自信が無い。それが彼は怖かったのだ。

両親の様に生まれた時は一瞬喜んでそれが出来損ないなら捨てられる。

今度は自分だけではなく想いの篭った剣も一緒に。

 死神は後一息だと感じた。自分の能力も際限が無い訳ではない。

持って後少しの時間。

後一押しすれば康禄は飛べる。


「剣と共に生きてみないか康禄。何も無い御前だからこそ剣も御前を護ろう。

御前しか居ないのだから」


 そう死神が言うと、下に置かれた四本の剣はばらばらと宙に浮き始める。

そしてディアブロソードも鞘に収まり、他の四本と同じ様に康禄の周りを

回り始めた。


「見ろ、御前が恐れた光達は御前を主と認めたぞ。後は」


 康禄は死神の言葉を最後まで聞かずに行動に移る。そう、もう勇気が無いなんて

関係無い。これは自分にとってもチャンスだ。何よりこの剣が自分を選んでくれた

のなら、この一度捨てた自分を選んだ剣達に恥じない持ち手となりたい。

両親が僕を捨てた様に君達を僕は捨てない。捨てるものかと決意して、

先ず一本取り右腰のズボンのベルトの隙間に差し込む。そしてもう一本取り左腰へ。背中に一本制服とシャツの間に差し込み残り二振りは鞘から紐が出て、

左右の二の腕辺りに柄が地面に向う様に着いた。俯いたままの康禄に死神は言う。


「胸を張れ康禄。俺にその姿を見せてくれ」

 そう言われ、体は震えながら勇気を振り絞り背筋を伸ばし前を向いた。

それに死神は骸骨だが笑みが見える様だった。

「でも戦いになったら満足に出来ないかもしれません」


 そう言い肩を落とし項垂れる康禄。

それを死神は大声を上げて笑い飛ばした後答えた。


「当たり前だ。最初から出来る事など望んでいない。戦った事の無い奴が

戦おうと立ち上がる時、そこに何よりも勝る勇気が生まれる。一番底からの勇気だ。欲しくても手に入らないんだぞ? それが俺は御前に欲しかったのだ。

後は慣れの問題だろう。そして如何に剣を向けるかだな。

御前の決意が相手より勝れば負ける事は無い」

「精神論で大丈夫でしょうか」

「駄目なら死ぬしかない。命のやり取りに玄人も素人もない」

「命のやり取り……」

 またしても顔を曇らせる康禄。死神は困った奴だと想いながらも告げる。

「命を取るのは腕が劣るから満足に武器を生かしきれんからだ。

命を取りたくないなら相手の上を行け。何でも使って相手を生かし負けを

認めさせてみろ。それで文句あるまい」

「一番難しいですね」

「当たり前だ。命はそれだけ重い。相手の未来を気安く絶たれたのでは堪らない。

それでも戦わねばならないのだからな。殺し屋など格好が良いかも知れないが、

俺からすれば殺す事でしか相手を屈服させられない卑怯者だ。

遠くから相手の隙を窺い殺すなど命に対して失礼だとは思わんか? 

共に命を掛けるなら真っ直ぐ向かい合い正々堂々やるのが、命に対する礼儀だ」

「解りますが、相手が強大な力で来たらどうすれば」


 康禄は心の底からの疑問を投げかける。彼は言わば国家に殺された人間だ。

無能力者、それは国民全てに蔑まれ哀れまれ存在を否定される事を

この国では意味していた。戦おうにも術が解らない。


「術は既存に在るもので賄える訳ではない。己で見つけろ。

針の穴ほどの小さな所からでも、年月を掛ければ崩れるものだよ」

「はい……」


 これは気の長い我慢比べをするしか無いと言う事か、と康禄は頭を掻いた。

だが、道は開けた。彼の眼に生気が戻り始める。


「針の穴ほどかもしれないが、開いたぞ」

「……いや、そんな小さくないですよ。俺のセカイに、大きな穴が開きました!」

「ならどうする?」


 そう言い答えを聞かぬまま、死神は景色の中に消えていった。

雲は流れ鳥は空を飛ぶ。自然の流れにセカイが戻った。

だが其処には先程までの康禄は居ない。彼は生まれて初めて切ない気持ちで

見上げない青空の眩しさに、目を細め暫くその場に立ち尽くした。

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