第3話 死神と聖武具と

「死神!?」


 その姿に自然と言葉が出た。西洋の魔術書に記載があるだけで、

実際何を司るか解らないが、ただその姿だけで死と直結し畏怖される存在。

康禄はその存在に自分が少し重なり本当はきっと何か違う事が

あるんじゃないかと、その良い点を探したりもした。

それが今目の前に居て、自分に声を掛けている。

このセカイは確かに居ても可笑しくないのにどの書物にも

詳しい事が書かれていない、そんな存在を目の当たりにして腰が抜けた。


「そう、死神だ流石死にたがり。我が名を知るとはな。

このセカイでは魔王魔界神が有名所で我の名は、

精々戦場を駆ける無数の屍の上に立つ戦士の二つ名位でしか

聞かないものになってしまった。本来は我こそが死神。

人に死を知らせ、魂が迷わぬよう導く者。生き物が息を引き取り魂だけと

成った時、それを連れて行くのには時間も空間をも超えねば成らぬ。

父なる神ですらそんな事はめったにしない。それ故に我らにしかこの力は無い」


 そう死神は言うと首をかしげて黙った。

康禄はこんな所にまだこんな非現実的な事があるなんてと素直に驚き、

飛び跳ね立ち上がると膝を払うと正座した。

死神はそんな康禄に首をかしげたのだ。

畏怖の象徴である我に、喜びの顔を向け始める奴など見た事が無い。

これは変に威厳を出しても意味が無いと感じてそれを告げた。


「うむ。どうも鯱張った感じになったな。で、力を与えると言ったが術ではない。

ならば何だと思う?」

「聖武具……?」


 康禄の即答に死神は感嘆の声を上げた。

聖武具とはこのセカイの第二次大戦の際、魔族と人間の戦いの中、

圧倒的不利な人類に対して神が其々の国に与えた伝説の武具だった。

伝説上の人物が実在とされるセカイでもそれらの聖武具だけは

それまで現存していなかった。

英雄が姿を消すと同時にこのセカイからも消えていった。

そして第二次大戦より今までそれは存在し続けていた。

まるで何かが起こる事を暗示しているかの様に。


「まぁ当らずも遠からずと言う所だが、特別に正解だ」

「え、でもあれは選ばれた人間にしか扱えないんじゃ」

「その通りだ。そして御前は選ばれた。だがそれは神にではない。

この俺に選ばれた」


 死神はすかすかな胸を張り、ローブの上から心臓の辺りを親指で刺し笑った。

康禄は魔剣の類を渡されて、最後には魂ごと粉砕されるのではないかと

冷や汗を掻いた。


「まぁそう案ずるな。御前に与えてやるのはこれだ」


 そう死神は言うと、手を前に突き出した。

次の瞬間眩い光が辺りを埋め尽くす。眩しさに顔を背け右腕で光を遮ろうとする。

だが、それでも光は自分を飲み込もうとした。

意識を持って行かれそうな気がしたが抵抗する。

こんな光に飲まれて堪るか、今まで一度だって自分を

受け入れてくれようとしなかったくせに。康禄は歯を食いしばり抵抗する。

その光を受け入れたく無かった。

受け入れてしまえば今までの全てを許せてしまう様に思えたからだ。

 暫くすると光は収まった。頑なに光を退けようとする康禄を、

ただじっと見つめていた死神は大きく溜息を吐き


「光をそれほどまでに望まぬとはな。御前の事は良く知っているつもりだったが、

甘かったと言う事かな」


 と嘆いた。人ならば余りの神々しさに涙を流すか、

恍惚の表情を浮かべ意識を失うかどちらかだった。先程までの光はそう言う物。

死神が康禄に与えようとした物は天界のエルフ達があらゆる石から

特別に選んだ物を、地獄の土の中魔王に反旗を翻すドワーフ達が思いを込めて

鍛え上げた願いが形になった物。神にも魔界神にも望まれず生まれた。

今の光はこの剣の産声。それを受け入れたくないと拒んだのだ。

自分と同じ様な境遇のこの剣ですら受け入れられないとはな。

これは少々骨が折れそうだ。死神はそう思うと、咳払いをし時の止まった空を見る。


「この剣の名前は六韜兼光。六韜は知っているかね?」


 康禄は首を髪が乱れるほど横に振った。拒絶。死神も首を横に振る。

この少年は想像以上に心が荒んでいた。神様所か人間すら忌み嫌っている

のかもしれない。だがそれでこそそう死神は決意を新たにした。

逆転の一石を投じる為にはそんな人間が良い。

父なる神が選ぶなら、きっと心が綺麗で純粋な人間を好むだろうし、

魔界神であれば破壊を望む人間を見初めただろう。

我はそんな人間が人間だとは思わない、それこそ英雄や反英雄に元から成る者達だ。だとしたら何万と言う時の中で生き物を見続け、

魂を導いてきた自分なら本当の一石を投じる事が出来ると死神は思った。


「まぁ良い。昔中華帝国龍王会が出来る前、周という国があってな。

其処の王に時の賢人太公望が問いた。その問答が六編の書としてあり、

それらを六韜と言う。韜とはあちらの言葉で、弓や剣を入れておく袋の事を言う」

「いやそれは知ってるんですが、すみません光の後遺症で

首を振ってしまいました……」


 康禄は死神の話が止まるまで黙って聞いていた。

死神はそう言われ頬骨の辺りを掻く。


「そうなのか……御前の知識に偏りが有るのは知っていたが変な所に詳しいな」


 死神は嫌味たっぷりにそう言ったが、当の本人はそうでもないですよと

照れていた。褒められた事などただの一度も無い。

小学校の頃は弟に教える為もあり勉強は出来た方だった。

だが高い点数を取る度に無能者の癖にと陰口を叩かれ、

教師にも褒めて貰えずこんな事が出来るなら魔術の勉強をしなさいと責められた。

それ以来意図的に点数を取らず、赤点すれすれを目差したのだ。

それが今は染み付いてしまい、本当に出来なくなってしまっていた。

だがそれとは別で過去の話には興味があり、中でも古代中国の戦記物や

日本国の戦記物は好んで読んでいる。


 六韜はその中でも彼が好きな太公望の話が多く載っており、良く覚えていた。

文韜、武韜、龍韜、虎韜、豹韜、犬韜から成る中華帝国龍王会の

代表的な兵法書の一つである。国を治めるとは戦うとはについて書かれており、

中でも虎の巻は極意を表す言葉として広く知られている物である。


「でも何か和名と中国名が混ざってますが」


 康禄は興味心身なようで、目を輝かせて尋ねた。

死神は先程まであれだけ受け入れまいとしていたのにと思ったが、

これから自身が体験するであろう事もまた同じかもしれないと

その事は後回しにして答える。


「それは簡単に答えるなら、由来はこの武器の特性だ」

「もしかして六種類の武器が入っているとか」

「……中々鋭い。だが此処に在る剣は五本だ」


 無い筈の眉間に皺を寄せ、剣を康禄に近付ける死神。実の所康禄を驚かせようと

していたのに先に言われてしまいがっかりしていた。その様子を見ていた康禄は

申し訳無さそうに恐る恐る剣を見たがやはり一本にしか見えない。

今度は死神がその様子を見て、にやりと笑った。


「さぁどうやっても一本にしか見えない剣が……」


 もったいぶる様に剣を掲げてみたり裏返しにして見たり、

それをやる死神と剣を康禄は一生懸命目で追う。

正直若干げんなりしていたのだが、それでも付き合うのが良いだろうと

子供心に思ったのだった。


「あら不思議。この様に五本あったのでした!」


 まるで手品師にでもなったかのように、おどけて少しずつ鍔がずれて

トランプを見せる様に康禄の前に突き出した。これには流石に驚いて、

凄いですと素直に感激を口にした。それを見て死神は満足いったのか、

康禄に取る様に更に近くまでその剣を突き出す。まるで赤ん坊を抱く様に

怖々しく抱く康禄。落とさない様に慎重に正座をしていた腿の上に乗せて

まじまじと見つめた。そっと優しく剣を暫く撫でていると、疑問が残っている事を

思い出す。


「で、死神様。この六韜を使って僕は何をすれば宜しいんでしょうか? 

それに剣があっても僕には振るう腕が無いですし、

相手が魔術師なら間合いを詰める術を知りません」

 すまなそうに尋ねる康禄に対し死神は顎に手を当て、うーんと暫く唸った後

「そうだな。此処は一つ化け狐狩りとでも洒落込むか」


 と軽いノリでそう物騒な事を告げた。苦虫を噛み潰したような顔をする康禄。

それを見た死神は咳払いをし


「化け狐狩りだ!」


 とガッツポーズを決めつつ言ってみた。

が、迫力だけはあるのでそれに驚いた顔をしただけで後は先程と

同じ表情のままだった。


「ノリが悪いな御前」

「ノリの問題じゃないですよ。物騒な事を勢いで乗れる訳が無いじゃないですか」

「勢いも大事だ」

「渋く決めても駄目です。順を追って話をして下さい」


 そう嘆くように言い項垂れる康禄。それを見て死神は頭を掻いて、

理由をどう話したら良いか迷った。実の所この退治に関しては、

康武が天照大神会から研究所への採用試験として指令が下っていた。

有体に言えば横槍である。だが死神としては最初から楽な相手で馴れさせるのは

身に成らないと考えていた。化け狐は化け狐であって九尾狐では無く

その化け狐は尻尾は三本と少ない。最初に相対するには丁度良いし、

悪さの度合いも自らの仕事に支障がない。寧ろ、天照大神会がやっている事の方が

仕事に支障をきたしていた。勿論天照大神会の全てが魂や人体、

果ては悪魔や妖怪の類に対して惨たらしい事をしている訳ではない。

一部の人間達が後学の為未来の為にと躊躇無く行っていた。

その代表的な所が康武が配属される予定の陰陽魔法術研究所だったのである。

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