誰もライトノベルを娯楽文化と呼ばないこの世界で、

クロ歴士ゆう

少年はヒーローが欲しかった

 少年は、虚ろなまま炎上する住宅地を小さな手に引っ張られながら足を進めていた。


 「絶対に…つーちゃんだけは絶対に…私が……!!」


 それに対して、手を引く少女は強い意志を宿した瞳で走り続ける。

 大通りに出れば、皆一様に被害が出ていない方向へ我先にと駆けている。転んだ老婆は踏まれ、子どもはだれか探すように彷徨っているが足を止める者はいない。

 つい今しがたまで明るく活気のある空間だった風景は、地獄と化していた。

 少女は少年を手を離さないようにしっかりと握り直すと、少年に向き直った。


 「大丈夫、つーちゃんは何があっても助ける。私が絶対に守るから!」


 生気を失いながらも、少年は僅かに頷く。

 同時に甲高い悲鳴が空気を切り裂いた。

 反射的に振り返ると、立ち往生していた車両の一台の上に、まだ高校生くらいに見える何かが立っていた。纏わりつく黒い霧。どこかで見たような漆黒の大剣は易々と下まで貫かれており、車内の窓には血潮が飛んでいた。


 「ディ……欠陥英雄ディフェクターだぁあああああああっっ!!」


 蜘蛛の子が散るように民衆はそこから離れようと逃げ乱れる。

 だが、先ほどまで同じ方向を目指して押し合っていたものたちが簡単に逃げられるわけもなく、悲鳴を上げながら欠陥英雄に斬り殺されていく。


 「この化け物がぁあああああああっっ!!」


 誘導を担当していた警官は、まだ民間人がいるにもかかわらず発砲。半ば錯乱状態のまま放たれた銃弾は、民衆に当たれはすれど一向に目標を捉えはしない。

 そのまま頭が斬り飛んだ警官は地面に倒れ、あたりを血の海に染めていく。

 連鎖する断末魔を背後で感じながら、少女もがむしゃらに走り続ける。

 やがて他の叫び声が聞こえなくなったころ、不意に手を引いていた肩が外れそうなほどの強い衝撃が加えられる。

 思わず転倒してしまった少女がすぐさま後ろを向くと、少年が転倒していた。

 すぐさま少女は駆け寄って少年を確認するが、どうやら躓いただけらしく、息をほっとつく。

 が、すぐさま少年の後ろから迫ってくる者を視認し、戻りつつあった血の気が引いていく。

 およそ、人間のそれではない速さで向かってくる欠陥英雄に少女は咄嗟に少年の覆うように強く抱きしめ、


 「っぁあっ!?」


 背中に大きな一閃を刻まれた。

 その瞬間、少年の瞳は焦点が合い、状況を理解する。


 「し、栞!? 」


 赤黒い血液は少女の可愛らしい洋服をどくどくと染めていく。

 呻き声を上げながらも、少女は少年を必死に抱きしめ続ける。

 黒い影はトドメを刺さんと冷たい表情のまま剣を振りかぶる。

 心の底で少年は制止を連呼する。止めろ止めろ止めて止めて止めてお願い止めろ駄目だ止めて止めろ!!


 「っ!止めろォオオオオオオオオオオオッッ!」


 その剣が振り落とされた刹那、欠陥英雄の胴体に大きな穴が開く。剣は少女たちには届くことなく地面に甲高く転がり、続けて黒い影も地面に倒れ伏すと、数秒して黒い霧が晴れ、欠陥英雄の本来の姿が垣間見えた瞬間、その体は砂となって宙へと溶け舞った。


 「あなたたち、大丈夫!?」


 駆けつけてきた女の子の隣には、未来的な兵装を纏った金髪の少年がホバリングしていた。 

 少女の制服を見て、少年は相手がどんなものなのかを察する。

 自作品の登場キャラ、創作英雄セーヴァーと、それを生み出した親にして操るライトノベル作家ライター

 目の前にいる彼らがそうだと理解するのに時間はかからなかった。


 「っ!栞がっ!栞を!栞を助けてください!」


 作家の少女はすぐさま栞の傷を見ると、手持ちの応急テープを巻きながら襟についている通信機に連絡をとる。


 「すぐさまここに救援班をお願いします! 急所は外れている様ですが急いで!」


 栞はうつ伏せのままうっすらと瞼を開ける。


 「…つ、…つーちゃん…」

 「動かないで!」


 鋭い声に、少年は伸ばしかけた手を引っ込める。が、栞は涙をこぼしながら柔らかい笑みを作った。


 「良かっ…た……つーちゃんが…生きてて…」


 それだけ言うと、栞は瞳を閉じて意識を落とした。

 思わず揺すりかけた少年の手を一通りの手当てを終えた作家の少女が制止する。


 「動かさないで、傷が開くわ。……大丈夫、この子は必ず助ける」


 少年―――つむぐは全身から力が抜けるようにその場に崩れ落ちる。

 同時に目じりから雫が溢れ出した。

 なんの感情が原因で涙が出ているのかが特定できない。

 両親を殺された悲しみからなのか。栞を失わずにすんで安心したからなのか。自分が情けな過ぎてこぼれたものなのか。大好きだったラノベのキャラクターたちが牙をむいてきたからなのか。世界の理不尽さに対してなのか。あるいは、その全てから来るものなのか。

 涙は嗚咽と共に、固いアスファルトの上に落ち続けていった。

 一か月後、日本は欠陥英雄出現場所拡大に伴い、居住禁止区域拡大を決定。東京、神奈川、京都の他に千葉が新たに一般人の立ち入りが禁止となった。

 ―――――それから八年もの月日が経った。

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