ホッホドルックプンペ

 地球から何万光年先の宇宙を見るにはどうすれば良いのだろうか?


 それは、ロケットを飛ばし、果てない宇宙の探訪をさせればよいだけだと言うかもしれない。

 たしかに、その通りである。

 幾多の人工衛星がこの広い渺茫びょうぼうたる宇宙を彷徨うように、その一つに終わりなき宇宙の旅を任せればよいだけの事である。


 だが、実際にこの目で、この心で、宇宙の果てを感じるには?


 そうするためには二人の男女が子孫を残し、その子孫がまた子孫を残し、命の循環を繰り返し、生と死の輪廻を繰り返す必要があるということは必然である。宇宙の果てを観測するために、何百年という歳月がかかるのなら、現在の人間の寿命から考えると不可能であるといってよい。従って、その子の息子、そして孫に宇宙の果てを見るという任を与えて世代を超えたプロジェクトとして考えなくてはならない。

 こうして「ムカデ計画」という人類の到達場所を月の何千倍にも広げようとする計画は始まった。


 その搭乗者に選ばれたのは、なんの変哲もない男女二人。



これは、その無謀で無茶で無責任な計画の犠牲になった少年、少女の物語である。



「いっちゃんはさー、もしも『食べる』ってことができたら何が食べたい? 私はさ、このパンケーキってやつが『食べたい』って思うんだけど」


 そう言って、天希が辞書の『食べ物』のカテゴリの中にある小麦粉を薄く延ばして焼いた黄褐色の『食べ物』を指さした。


「あーちゃんさ、俺たちの口が何のためにあるか分かってる? 『食べる』ためじゃねーんだぜ。この口っていう感覚器官は『発語』するためだけにあるんだよ」


 『食べる』機能はこの両腕の緑が担ってくれてるから、問題ないんだよなー、『食べる』意味なんてないんだよなー。


 少年たちは食べ物を必要としない。栄養分は両腕に埋め込まれた葉緑素が太陽光から光合成を行って補給してくれる。


「まあ、それは知ってるけどさ、『食べて』みたいと思うわけじゃん。『食べて』みたくなっちゃうわけじゃん」


 天希がふくれっ面で俺を睨みつける。言い過ぎた、悪かった。けんかをしたって意味がない。そこには二人しかいないのだから。全くもって意味がないのだ。この世界は二人の人間と一つの宇宙船で構成されている。


「じゃあさ、いっちゃんさ、早口言葉やってみ」

「ホッホドルックプンペ、10回いってみ」

「ホットドドロッ……」

 しまっ……

「はい、いっちゃんの負けー」

 あっという間に負けてしまった。あーちゃんは言えるってのかよ。こんな単語。



「ホッホドルックプンペ」、ドイツが作った報復兵器の一つで、射程距離130kmの長距離ロケット砲の名である。日本名で「v3 15cm高圧ポンプ砲」。

 そして、この長距離ロケット砲ホッホドルックプンペは……


――実践投入前に破壊される。


 だが、このホッホドルックプンペはマスドライバー(宇宙に大量の物資を輸送するためのもの)として活用されることになる。このマスドライバーは有人コンテナとしては加速度がかかりすぎると言う問題を抱え続けていたが、近年の研究により加速度を緩和させることに成功する。それに伴ってこのホッホドルックプンペは実用化されることとなった。


 そのホッホドルックプンペというのがこの二人が搭乗している宇宙船である。この宇宙船、何十年と人間を乗せるために作られた代物とだけあって割と高性能である。太陽光の届かない範囲の航行も考えて人口太陽が作られていたり、急激な温度上昇及び減少にも対応できるような仕組みがなされている(らしい)。

 俺たちがここで不自由なく生活できるのもこの高性能宇宙船、「ホッホドルックプンペ」のおかげである。


「まあ、不自由のない生活ってのは言いすぎかな……」


 正直、この中にいると文化的な最低限度の生活が保障されているとは思えない。


「一星、天希、聞こえるか? これを見ているということは父さんと母さんはもう……」


 ここで唐突に俺の父さんと母さんの声がモニターの中から聞こえ始めた。この荒唐無稽なビデオ映像は決して俺たちにとっては突然ではない。


「あー、もうこんな時間かー。私、体拭いてから、ちょっと早いけどねちゃおっかなー」


 天希は右手に枕を左手に濡れタオルを持って寝室に向かった。モニターからは依然として父と母からのメッセージが無機質に流れる。


「父さんと母さんの希望を二人に託す。だから、どうか……」


――元気に生きてくれ。


 これが、父さんと母さんの最期の言葉だ。俺たちは元気に生きているだけで儲けもの、それだけで十分なんだ。


 一体この映像も、何回見たんだろう……

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