どっかんのどってん

 父さんと母さんが亡くなって5年が経った。

 それからは、この宇宙船ホッホドルックプンペでは毎日00:00に映像が流れるようになっている。設定すれば映像を止めることはできるんだろうけど、俺たちは時間を確認するためのタイマー程度の役割としてこのビデオ映像を使っている。


 なんて冷酷な人間だと言われるかもしれないが、5年間毎日このビデオを見ていたら、哀しみなんてどこか遠くにいってしまう。どうかそれは理解してほしい

――って言っても無理か。


 俺たちはただこの宇宙船に生かされている。そう思う事もある。


 特に、一般的に多感な時期であるとされる思春期には自分がなぜ生まれ、自分は何の為に生きているのか、そう自問自答し、答えのない問いに対して思案する日々が続いた。

 でも、結局のところ、話し相手は天希だけである。二人の価値観がぶつかり合って混ざり合って、折り合いをつけて、時には妥協して譲歩して……


――それで終わりである。


 それ以上に思考が広がりをみせることはないし、それよりも凝り固まった考えで頑迷固陋がんめいころうになる必要もない。


 俺たちに与えられた使命は「生きる」ことであるということは先ほどから伝えているが、それと並び立つ使命があった。


 それは、「子孫を残す」ということである。


 もちろん、俺たちは適齢期になれば、そして、その気になれば、その行為、つまり、その、あれだ、生殖行為ってっやつに及ぶことだってできるし、そうしないといけないわけだけだが、少なくとも今のところ俺にはその意思はない、皆無である。

 だがしかし、どうにも、俺は天希に対してどこか意識してしまっているところがある。これが正常な男性の反応だということは知ってはいたが、どうも面映ゆい思いがあるということをここで明かしておこう。


 天希は一体どう思ってるんだろうな……


「え、なになに? いっちゃん難しい顔してどうしたのー」


「俺たちが生まれた意味……についてちょっと考えていたのさ」


 絶対うそじゃん、私には分かるよ。


「15年間の付き合いだもんねー」


 あーちゃんはたまに俺を見透かしたように言葉を発することがある。まあずっと俺と過ごしているから俺の気持ちが分かることもあるのかもしれない。


一方で、俺はあーちゃんのことを少しでも分かっているのだろうか……

「あーちゃんはさ……俺のこと……」


 そう言った矢先だった。轟音とともに宇宙船ホッホドルックプンペが大きく傾くのが分かった。壁がギシギシと軋みだし、突然の衝撃で俺はゴツンと天井に頭をぶつけた。


 いつだって言いたいことを言うときには勇気がいる。そして、そんなことを言おうと自分を鼓舞した時に限って、間が悪く、折悪しく、予期せぬ事態が起こるものである。


「いっちゃん、これ、また、あれじゃない?」


「あーちゃん、これ、やっぱり、あれだな」


 『どっかんのどってん』、俺たちはこの現象にそのような名前を付けていた。俺たちが小さいころから、この『どっかんのどってん』は稀に起こる。この『どっかんのどってん』は俺たちが忘れたころにやって来て、俺たちの日常をものの数秒で奪い去ってしまう。


――俺たちの両親をあっという間に死に追いやったのも、この『どっかんのどってん』である。


「まあ、地球でも地震っていう恐ろしい天災があるんだっけか。それに比べたらまだましってとこか。今回はかすっただけっぽいしな」



 『巨大流星物質《ギガメテオロイド》』――宇宙を彷徨う大きな天然鉱物の塵芥の総称である。大きいもので、小惑星程度のものがこの宇宙を保志葛一家のように旅をしている。基本的には事前にこの宇宙船ホッホドルックプンペが回避行動を行うのだが、その『巨大流星物質』の軌道がずれてしまうと忽ちそれにぶつかってしまうことになる。



「あーちゃん、一応、損傷個所確認。俺は復旧作業してくる」


「いっちゃんりょーかい。私メインシステムのぞいてくる」


 二人の初めての共同作業、なんてことはない。俺たちは5年前からずっとこうだ。二人で助け合って、二人で持ちつ持たれつの毎日である。どちらか一人が欠けるとそれはもう途端に立ち行かなくなってしまう。車軸の両輪のように二人は、二人で一つ、お互いにかけがえのない存在なのである。


「いっちゃーん。やっぱかすっただけだったから、だいじょうぶっぽいー」


「あーちゃんりょーかい。こっちもなんとかなりそうだ」


 入念に衝撃を受けた部分をチェックする。父と母があっという間に宇宙の塵になってしまって以来、この『どっかんのどってん』が起こると、二人の間に緊張が走る。今回は衝撃が小さかったこともあり、そこまでの恐怖はなかった。


「保志葛一家が星屑になるって、笑えない冗談だよね、ぷぷぷっ」


――笑ってんじゃねーか。俺はすかさず突っ込みを入れる。


 口を押えながら軽口を言っている天希を見ていると、5年前のあの日の出来事が嘘のように思える。


「あっ、そう言えば、いっちゃん何か言おうとしてたよね」


 そう言うところは非常に記憶力の良い天希である。俺は恥ずかしくなって先ほどのことなどなかったかのように話題を逸らす。


「あーちゃん、俺たちってさ、どんな風に死ぬのがいいんだろうな。生きてるだけって言っても、死ぬときはいつかは来るわけだし」


 何気なく言った一言だったが、どうやらその言葉は天希の琴線にも触れたようだった。


「私もそれ思ってた。いっちゃんさ、私たちの意味、存在価値、生きがい、なんでもいいや、そう言うやつさ……分かってる?」


「俺たちは生きることが、生きる意味なんだろ。なんか矛盾して……」


 そう言いかけたところで、天希が俺の言葉を遮って言った。


「もう一つの生きる意味、『子孫を残す』。子作りっていうんでしょ」


――したくない? しようよ。


 俺の脳はその言葉を聞いて、即座に真っ白になった。


「あーちゃん、何言って……」


「いっちゃんさ、ほんとはさ、こういうことやってみたかったんでしょ。私、知ってたよ。知ってたけど、今までだまってた」


 天希が一体何を考えているのか俺には分からない。今までそんな素振り一度もみせたことなかったじゃないか。天希が俺の胸にピタッと手を当てて俺の鼓動を確認する。

 俺は心臓が高鳴るのを止めることができない。


「いっちゃんのここ、焦ってる? 緊張してる? ドキドキしちゃってる」


 俺は残念ながらその、あれだ、子孫を残す方法論については熟知していたが、行動に移したことはなかった。知行合一ちこうごういつできていない知識はただの無駄知識だ、知識と行動が一致してこそ、真の知となるのだ。


 ってなにを考えているんだ、俺は。恐れることはない、ただ目の前の状況に乗り遅れるな、降ってきたチャンス、思う存分生かすんだ。


 最初は突然の行動で怖気づいてしまっていたが、ここでやっと踏ん切りがついた。天希がその気なら、俺だって……


「なーんて、いっちゃんさー本気にしちゃった? ごめんごめん。私が言いたいのはさー」


――今日、私たち誕生日じゃん。


「え?」


 自然と俺の口から府抜けた声が漏れる。


「まさか、忘れてたわけじゃないでしょ。それぐらいしかさー、記念日ないんだし」


 そのまさかである。この宇宙を彷徨う身としてはその記念日さえも意味を成さないものだと思っていた。実際のところ、去年だったら天希は何も言わなかったはずだ。


「最近は誕生日なんて言わなくなってただろ。それをどうしたって急に……」


「いっちゃん、知ってた? 女の子ってさ、16歳になったら結婚できるんだよ。幸せの一つの形、お嫁さんになれるんだよ」


 まあ、離婚して離れちゃう夫婦ってのも多いみたいだけど……


「あーちゃんが16歳になって結婚できる年になったのは分かった。だけど、男性が結婚できる年齢は違うってことを知ってるか? 俺は18歳にならないと結婚が出来ない」


「えー、なんでーなんでー。知ってるけどさー」


――知ってるんじゃねーか。俺はすかさず突っ込みを入れる。


「そんな法律、破っちゃおう。そんな規則、壊しちゃおう」


 ってかさ、法律って宇宙でも有効なの? 無法地帯だし、違法行為しても大丈夫なんじゃない?

 天希は平気でそんなことを言った。一般教養は両親からある程度は教わっていた。法律は順守するもの、破ればそれ相応の罰がある。世界は、いや、地球ではそうなっているらしい。


「ま、破っちゃってもいいか」


 調べるのが面倒くさくなった俺は、問題をそのまま放棄した。たぶん大丈夫だ、問題ない。

「んじゃ、とりあえず、休んだらお誕生日パーティをしようか。ちょっと俺も体拭いて横になるわ」


「いっちゃん、おやすみー」


「あーちゃん、お休み」


 二人はそう言ってお互いの部屋に戻って就寝する。こうして二人の無意味な一日は終了する。時計の針は両親のビデオ映像を見た時間から、数時間経過したところ示していた。

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